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2018年7月5日木曜日

ジオの会だより 第33号

「地元の人とジオサイト・里見哲夫」
を読んで
昨年の日本ジオパーク再認定審査、その結果などに関して、おそらく(というより、きっと)大多数の下仁田町民は無関心であると思うのです。
その原因としては、いろいろなことがあるかと思いますが、私は

 日本ジオパークになろう!!
と下仁田町の人々が一丸となって運動したかといえば、そういった運動を展開することなく、

 なんとなく日本ジオパークになっちゃった
経過に、大きな問題があるのではないかと考えています。
このなんとなく日本ジオパークになっちゃった経過は、下仁田町の人々に、
 ジオパークは地学の専門家がやるもの
であり、
 私たちには関係ない
という意識をつよく植え付けてきてしまったといってよいかもしれません。
里見哲夫氏は、いまだに住民の参加、協力を得る努力を怠っていることを憂いて、
 地域の人の話を聞いたり、協力を戴かないと発展はありません
と考えられたのでしょう。
ジオの会だより 第33号は、広報しもにた(2018.7・№747)に掲載されています。
これは、下仁田町役場のHPで見ることができます。

「地元の人とジオサイト・里見哲夫」を読んで、私は鍾乳石の一件を思い出しました。
撮影 2017.7.10
この鍾乳石は、下仁田で活動している方が民家の玄関先で見つけたものです。
その方がいろいろ調べたところ、下仁田産の鍾乳石であることがわかり、所有者などに内々にお聞きしたところ、
 下仁田町自然史館に寄贈してもよい
ということになったとのことで、その方が自然史館の職員に経過、所有者などの情報を伝えたのですが、まだ所有者のお宅に置かれたままになっています。
撮影 2018.4.11
これを見つけた方が所有者の方に、これは大事なものだからとお話ししたため、いまは布とビニールに包まれています。
鍾乳石を所有している方は、いったいどうしたのだろうか・・・と思っているのではないでしょうか。
この一件を例にするまでもなく、いろいろなことが、
 なぜ迅速かつ適切に対応できないのだろう?
と、私には不思議に思えてなりません。

ジオパーク下仁田に携わる人々はもちろん、下仁田町の皆さんが「地元の人とジオサイト・里見哲夫」を読み、これからのジオパーク下仁田で必要なことは何かをよく考え、よりよい方向に進んでいかない限り、明るい展望は開けないのではないだろうか・・・と、そんなことを私は考えました。
もっともっと地域の人々に協力していただいて、地域の人々といっしょに活動していく、これが基本であり、そういう状況をつくっていけば、地域の人々からいろいろな情報が寄せられてきます。
地域の人々の参加と協力が、ジオパークに深みと広がりを与えるでしょうし、この積み重ねがよそから来られた方々に感動を与える〝物語づくり〟につながっていくのではないでしょうか。
地域の情報をこまめに得て、こまめに地域の人々のところに出向き、気さくに〝ご用聞き〟をする、そんな動きを推進母体が活発にできないのに、私には今後の発展が見込めると思えないのですが・・・。

あの鍾乳石は、いまどうなっているのだろうか・・・?

真に将来を案じ、示唆に富んだ里見哲夫氏の「地元の人とジオサイト」です。

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