2017年9月30日土曜日

ポポー

ねっとり甘く、やわらかい

きょうの午前、テニスに出かけたのですが、いっしょにテニスをしているYさんにポポーをいただきました。
数年前に初めてポポーをいただき、そのとき
  『なんとおいしい果物なのだろう!』 
と感動したことがあり、また食べてみたいと思っていたところ、思いがけずYさんからポポーをいただくことができました。
聞くところによれば、Yさんの生家にポポーの大きな木があるとのことですが、Yさん自身はポポーが好きでないとのことで、まったくポポーに関心がないとか。
ポポーのにおいがどうも・・・といって、食べない方が多いようですが、なんともいえないポポーのにおいもいいですし、ねっとり甘く、やわらかい食感は、一度食べたら忘れられない・・・、ポポーはそんな果物ではないかと私は思うのですが、それぞれの好み、好き好きは各人各様ということなのでしょうね。
ポポーの種です。
実の大きさの割には、たくさんの種、それも大きな種が入っています。
数年前に食べたポポーの種から芽が出て、いまは高さ1mほどに伸びています。
以前にネットで調べたところ、実生の場合、実がなるまでには20年ほどかかるとのこと。
このポポーの木の実をなんとか食べてみたいものだと思っているところです。

Yさん、たいへんごちそうさまでした。

2017年9月29日金曜日

赤城団・榛名団・妙義団

運動会のシーズンです

きょうの上毛新聞「#上毛つぶやき」は、
 Q 運動会の「団」、自身やお子さんの学校は何?
というアンケートでした。
全体の75%の方が
 赤城団・榛名団・妙義団
 赤城・榛名・妙義の上毛三山に浅間山や白根山など
を加えた団であったということで、赤城・榛名・妙義が赤白などの色分け団を大きく引き離しての一位でした。
私が通った小学校は、山のなかにあって、学校から赤城・榛名・妙義が見えなかったことからなのか、赤団・白団・緑団の3団による対抗戦でした。
学校の裏の山などに登ったりすれば、妙義山や榛名山、赤城山-上毛三山-が見えますが、通学の行き返り、あるいは校庭や教室の窓から見えるというものでなかったため、私を含めて多くの子どもは、上毛三山になじみがなかったともいえます。
前橋や高崎、伊勢崎のほうでは、上毛三山がよく見えますので、上毛三山を団の名称にして、それぞれの学校が赤城山や榛名山のほうに向かって、徒競走のゴールを設定していたりしていたかもしれません。
このブログを読んでいただいている皆さんが通われた学校やお子さんが通われていたり、いまも通っている学校では、どのような団編成(名称)でしょうか。
よろしければ私のフェイスブックで、あなたの運動会にまつわる思い出などを紹介して、皆さんで盛り上がってみませんか。

たとえば、小学校のとき、○○団の団長をしたとか、1位でバトンを受け取ったのだけれど、ゴール直前で転倒して、リレーで1位になれなかったことなど、あなたの運動会での思い出を私のフェイスブックにお寄せいただけますか。

そもそも団て・・・な~に?
 という方もいらっしゃるかもしれませんね。

どうぞよろしくお願いいたします。

2017年9月28日木曜日

Q 行ってみたい県内の「パーク」は?

上毛新聞「#上毛つぶやき」 2017.9.28(木)

きょうの上毛新聞「#上毛つぶやき」に興味深いアンケート調査が掲載されていました。
このアンケートでは、選択肢がよっつあって、
 ①みなかみエコパーク
 ②浅間北麓や下仁田のジオパーク
 ③前橋市中央児童遊園「るなぱあく」
 ④ぐんまフラワーパーク
ですが、ジオパークは24%で2位に入っています。
前々からあるフラワーパークをおさえ、エコパークもおさえての2位は、ほんとうにたいしたものだと思います。
全体的にみれば、ジオパークの認知度があがっているということになると思いますが、掲載されたご意見をみてみますと、ジオパークのことがひとつも掲載されていません。
ジオパークのことを述べた投稿がなかったのか、投稿はあったけれど採用されなかったのか、そこのところはわかりませんが、おそらく大方のひとは、ジオパークは知っているけれど、
   いったいどういうもの?
   何があるの?
ということではないかと、それがこの記事になっているのではないかと、そんなふうに私は想像しています。
ジオパークに関心があるけれど、どのようなものかよくわからないという方には、それぞれのジオパークで発信しているHPやFBでの情報が役立つかと思います。
さまざまなイベント情報もありますし、そのなかにはジオツアーの参加者募集もあります。
また、
 ジオパークって、いったいどういうものなの?
と思っていらっしゃる方には、自治体が発行している広報紙の特集記事も大いに参考になるかもしれません。
きのうのブログ(↓)

速報!再認定・新規認定審査結果 日本ジオパーク
http://geogunma.blogspot.jp/2017/09/blog-post_27.html

で紹介しましたが、こういった定期的な審査を受けているジオパークは、これから先、ますます楽しく、よいものになっていくと思います。

私のおすすめは、ジオツアーに参加して、ガイドといっしょにジオサイトを歩く、これがいちばんです。

どうぞ、この秋には、浅間山北麓や下仁田のジオパークにお出かけになってみてください。

2017年9月27日水曜日

速報!再認定・新規認定審査結果

日本ジオパーク

2017.9.27(水)15:00、本日の第31回日本ジオパーク委員会の審査結果が明らかになりました。
審査結果は、以下のとおりです。
※ ブログへの掲載に際して、
本多が改行、文字の強調などを行いました。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                          2017年9月27日

ユネスコ世界ジオパーク国内再認定および日本ジオパーク新規認定地域の審査結果

          日本ジオパーク委員会

日本ジオパーク委員会は、78月に現地審査を行った2地域の再認定と2地域の新規認定の可否について審議し、以下のとおり決定した。

条件付き再認定:山陰海岸ユネスコ世界ジオパーク、阿蘇ユネスコ世界ジオパーク
認定保留:国引き
認定見送り:十勝岳

現在、日本ジオパークは43地域である。

1.山陰海岸ユネスコ世界ジオパーク

この4年間、山陰海岸ユネスコ世界ジオパークでは、活発なジオパーク活動が各地で取り組まれ、前向きな展開が見受けられた。
また、2015年にはAPGN大会を開催した。
 その一方で、ジオパーク内のあらゆるレベルでの連携を欠いており、ユネスコ世界ジオパークとして持続的な運営形態になっているとは言いがたい。
ジオパークを使って地域全体をどうしたいのか、この課題を先送りせず早急に解決する必要がある。
推進協議会や同事務局を含めた様々な主体が問題解決のために対話を繰り返し、山陰海岸ユネスコ世界ジオパークとしての持続的発展の在り方を考えて欲しい。
以上のことから、日本ジオパークとして条件付き再認定とした

2.阿蘇ユネスコ世界ジオパーク

熊本地震からの復興の途上、阿蘇ジオパークガイド協会を中心とした活動が地域に力を与えている。
また、草原環境の保全では環境省やNPO法人との連携が、火山防災では阿蘇火山防災協議会を通じた京都大学や気象庁との緊密な連携が進んでいる。
リモナイト(阿蘇黄土)の保全とその教育的活用において、地元企業との協力体制が構築されていることも評価できる。
その一方で、人材不足による事務局体制の弱体化が課題であり、協議会のガバナンスが見えてこない。
地域全体での情報共有が不足しており、ジオパークを使ってこの地域をどうしたいのか、世界に対してどのような貢献をしたいのかを、よく検討していく必要がある。
また、前回の審査における指摘事項についても、引き続き改善の取り組みが必要である。
   以上のことから、日本ジオパークとして条件付き再認定とした。

3.十勝岳

十勝岳ジオパーク構想は、大雪山国立公園に含まれる十勝岳の噴火災害を幾度も経験し、早くから火山のハザードマップを作成するなど、自然災害への対策が行われてきた地域である。
さらに、周氷河作用等によって形成された波状丘陵地形を農業や観光業にうまく活用し、北海道でも有数の観光地となった。
住民は十勝岳を地域の誇るべき地域資源と認識しており、防災教育も長年実施されている。
拠点施設や解説板等でも防災情報がしっかりと紹介され、正しい火山の知識とともに安心して現地を見学できるようになっている。
国立公園内のジオサイトを含む全てのサイトがカルテで管理され、丘陵地形も景観条例で保護されているなど、保全の取組が進められている。
しかしながら、事務局が美瑛・上富良野の2つの町それぞれに置かれており、また協議会専門部会の活動もまだ取組が開始されたばかりであり、ジオパークとしての計画が実施できる持続可能な運営体制になっていない。
以上のことから日本ジオパークとしての認定を見送ることとした。

4.国引き

国引きジオパーク構想は、島根半島の形成、出雲平野と松江平野の形成、連結汽水湖(宍道湖・中海)の形成、人の定着や集落の形成などの科学的なストーリーの中に、古代の人々の世界観を代表する「国引き神話」の逸話が織り込まれて、現代科学と古代の世界観の対比が語られている。
ガイドは、自然科学と神話とを区別して説明するなどの工夫をしていた。
大学、民間、地域、ガイド、行政などの連携がとれた運営組織が機能しはじめており、未整備である解説板や拠点施設などは事業計画に盛り込まれている。
しかしながら、現在の名称とテーマでは、神話と島根半島のなりたちや日本海の拡大との関係について誤解を招く恐れがある。
名称およびテーマを再検討することを条件に、日本ジオパークとしての認定を保留とした。
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ことしの秋、いくつかのジオパークが再認定審査を受けることになっていて、そのなかには2年前に条件付き再認定になったジオパークもあります。
これからの日本ジオパークの方向性を考えるうえで、本日の第31回日本ジオパーク委員会の開催結果は、たいへん示唆に富むものといえるのではないでしょうか。
すなわち、日本ジオパークとしての個々のジオパークの活動を高め、日本全体のジオパーク活動の向上をめざす、そんな方向に大きく舵をきったのではないかと、私はそのように感じています。

2017年9月26日火曜日

白石工業㈱白艶華工場で学ぶ-感謝編

ほんとうにありがたいことです

2017.9.24(日)に行われた見学会(↓)

白石工業㈱白艶華工場で学ぶ-前編
   たくさんの方々にご参加いただきました
http://geogunma.blogspot.jp/2017/09/blog-post_25.html


白石工業㈱白艶華工場で学ぶ-後編
   白馬岩を発見!
https://ameblo.jp/7568nanjai/entry-12313750035.html

に参加された方々によって、とてもすてきな発信をしていただきました。
フェイスブックに投稿された記事を順不同で紹介させていただきます。
これ(↑)は、ちょっぴりマニアックな方の投稿です。
 子どものとき、遊び場であったという方も参加されました。
白石工業㈱の歴史、いまもなお日本を支えていること、その重要なことに気づいたという方も。
炭酸カルシウムの用途の多彩さ、下仁田で操業した経緯を改めて知りました、という方も。
外国人のお友だちを誘って、見学会に参加していただいた方は、食品にも使用されていることに驚いたとのことでした。
めったに入ることができない工場内に入って、いろいろ勉強になったという方は、乾燥棚が老朽化により取り壊されることを残念に感じられたようです。

見学会に参加していただいた方々には、いろいろなことを感じていただけたことと思います。
また、業務繁忙のなかにあって、白艶華工場の工場長さんはじめ、職員の皆様には準備から当日のご案内、後片付けまで、ほんとうに何から何まで、たいへんお世話になりました。

改めて、ご参加いただいた皆様、ご参加いただきフェイスブックで発信していただいた皆様、白艶華工場の皆様、そして見学会の実施にあたり、ご協力いただいた堀越明子さん、岩崎正春さんに心から感謝を申し上げます。

(注)
① 一般公開されていない方もおられるようですので、フェイスブックのお名前などには、モザイクをかけさせていただきまし
 た。
② フェイスブックに投稿していただいた方のなかで、私が見落としている方がいらっしゃるかもしれません。
 もし、そういったことがあるときは、フェイスブックのメッセージにご連絡いただければ幸いです。
③ ここでは、フェイスブックのみの投稿を紹介させていただきました。ツイッターほかの投稿については、ここで紹介していま
 せん。

2017年9月25日月曜日

白石工業㈱白艶華工場で学ぶ-前編

たくさんの方々にご参加いただきました

2017.9.24(日)に開催した
  白石工業㈱白艶華工場で学ぶ
   ~暮らしを支える石灰のこと、もっといっぱい知ろう!~
は、たくさんの方々にご参加いただきました。

白石工業㈱白艶華工場で学ぶ
 ~暮らしを支える石灰のこと、もっといっぱい知ろう!~
http://geogunma.blogspot.jp/2017/08/blog-post_29.html

でもご案内しましたが、たくさんの方々にご参加いただくことができました。
白石工業㈱白艶華工場の松川工場長さんから
  白艶華工場で製造される炭酸カルシウムの用途など
について、詳しく説明をしていただきました。
炭酸カルシウムがいろいろなところに利用されていることを
 初めて知った!
という参加者の方は、
 この見学会に参加して、とても勉強になった
との感想を述べられていました。
粘性などの実験も行われ、楽しい炭酸カルシウムの勉強になりました。
白艶華工場に勤務していたことがある堀越明子さんからは、戦後まもなくのころの工場のようすをはじめ、ご一緒に勤務されていたお友達のことなどをお話ししていただきました。
この見学会では、堀越さんがお持ちになっている貴重な写真のなかから選んだ数点を資料として、ご参加された皆さんにお配りさせていただきました。
白艶華工場の地元・青倉地区にお住いの下仁田町議会議員・岩崎正春さんには、むかしの写真をもとにして、ご自身の思い出とともに、お母様が子どものときに体験された〝餅投げ〟のことなど、歴史ある白艶華工場と地元の皆さんとのつながりについて、興味深いお話をしていただきました。
岩崎さんのお母様が子どものときに体験された〝餅投げ〟とは、白艶華工場が特許をとった製品の製造設備が完成したとき、そのお祝いに餅を投げたのだそうですが、たくさんの餅が投げられ、ひろった餅を背負子で担いで、お母様は家に帰られたということでした。
白艶華工場は、1932(昭和7)年から操業していますが、地元の青倉小学校に二宮金次郎像を寄贈したり、たくさんの本を寄贈され、それが白石工業文庫として、子どもたちに親しまれてきました。
堀越明子さんと岩崎正春さんのお話は、長年にわたって地域の人々とともに、操業してきた白艶華工場の歴史、そして地域との深いつながりを感じさせてくれるものでした。

 白石工業㈱白艶華工場の工場長・松川誠一さん、事務課長・柳澤蔵徳さん、小田部健太さん、宮嶋修一さんをはじめ、同工場の皆様
 お忙しいなか、時間を差し繰ってご参加いただいた皆様
 案内チラシを配布していただいたり、いろいろご協力いただいた関係機関・各位
には大きなご支援、ご協力をいただき、とてもすばらしい秋の見学会を開催することができました。
この見学会に鉱山研究会の会員として携わった者のひとりとして、お世話になった皆様に心から感謝を申し上げます。
ほんとうにありがとうございました。

※ 見学会のようすは、後編に続きます。

白石工業㈱白艶華工場で学ぶ-後編
https://ameblo.jp/7568nanjai/entry-12313750035.html

2017年9月21日木曜日

笛吹峠

鎌 倉 街 道
【埼玉県嵐山町・鳩山町】

いま、むかしの道路事情(地元の道路を中心にして)などを調べていますが、その一環として、上野国から武蔵国を通り、鎌倉に向かう鎌倉街道を調べているなかで、
  そういえば笛吹峠に行ったことがないな・・・
ということに気づき、笛吹峠に行ってみました。
埼玉県教育委員会発行の「鎌倉街道上道」には、いまのような舗装道路になる前の写真が掲載されています。
その写真からは古道らしい雰囲気が感じられますが、いまはトラックや乗用車などが行きかう道になっています。
この道を上野国から鎌倉に向かって、たくさんの武士が
 いざ鎌倉!
   と一所懸命の思いで駆けていったことでしょう。
この画像(↑)右のほうに
 史跡 笛吹峠 埼玉県
の石碑がありますが、画像の奥が上野国方面になります。
この画像(↑)は、鎌倉方向を見ています。
峠とはいうものの標高差は小さく、小高い丘程度といってよいものですがが、たいへん歴史上で有名な笛吹峠です。
国道254号わきにある説明看板です。
看板そのものが古くなってきていますし、書かれている内容も古くなっていますので、新しく立て替えていただけたらありがたいと思っています。
これからも折にふれて、むかしの道路に関する画像などを紹介していきます。

2017年9月15日金曜日

曼殊沙華

いま、きれいに咲いています

私が子どものときと比べ、あちこちで曼殊沙華(彼岸花)の花を見かけるようになったと思います。
畑や田んぼの土手のほか、線路わきにも曼殊沙華の花がたくさん咲いています。
子どものときの曼殊沙華の思い出は、なんとなく不気味な花といったもので、かわいいとか美しいといった花ではありませんでした。
といいますのは、私が育った地区では、墓地のまわりなどで咲く花であり、花の色といい葉がない姿といい、花らしくない花という感じがしていたからかもしれません。
曼殊沙華の葉は、どうなっているかといいますと、冬の土手で青々している植物、これ(↓)が曼殊沙華の葉です。
これ(↑)は高崎市箕郷町で、2016.12.15に撮影しました。
花の咲くころには、葉がなくなって、ごらんのような姿(↓)で花を咲かせているという、どちらかといえば珍しい植物といえるかもしれません。
いまでは、曼殊沙華の鮮やかな花の色と秋の青空は、とてもよく似合い、美しい風景をつくりだしていると思います。
そこへ大好きな電車が通れば、私にとっては、もう最高の風景、光景ということになります。
さらに、曼殊沙華といえば・・・、この歌です。

ここで、一句。
   曼殊沙華
      山口百恵
          思い出す
たいへんお粗末さまでした。

2017年9月13日水曜日

すばらしい対応だと思うのですが

複雑な気持ちもします

といいますのは、このような心配を自治体がしなくてよい社会であること、これがいちばん大事なことであると思うからです。
なんの話?と思われるかもしれませんが、先日、つぎのブログ(↓)

廃線になった路線のトンネルを避難所に
https://ameblo.jp/7568nanjai/entry-12308878784.html

で、長野県軽井沢町の対応を紹介したところですが、これに関する記事が昨日(2017.9.13)の上毛新聞に掲載されたからです。
いまの状況を考えるとき、できるだけの対応をしておくことは、とても必要なことであり、住民の生命を守るという行政の責任を全うする意味では、たいへんすばらしい取り組みだと思います。
廃線になった線路に残るトンネルのイメージをご理解いただこうと思って、熊野平駅跡のトンネルの画像を紹介(↓)します。
北朝鮮が発射するミサイルの破壊力に対して、トンネルがどのくらい耐えられるか、その道の専門家でない私には、そのところはまったくわかりませんが、すくなくても一般的なRC造の建築物よりは、頑丈であるといってよいのではないでしょうか。
軽井沢町の試算では、およそ2,600人をトンネルに収容できるとのことですが、トンネルがある場所や軽井沢町全体の住民数などを考えるとき、現時点では全員が早期にトンネルに避難することは難しいことだと思われます。
それでも避難場所があるのとないのでは、大違いといってよいと思うのです。
廃線跡のトンネル利用が可能になったことによって、ほかに有効な避難方法があるかどうかを考える、そんな契機になるとも考えられるからです。

しかし・・・、確かに危ない状況ではあるのですが、北朝鮮からミサイルが飛んできたときのために、住民(国民・外国人も)が逃げ込む場所を整備しておくというのは、国政の力不足ゆえではないかと思うと、とても複雑な気持ちになります。
今年の夏の軽井沢駅前です。

仮に北朝鮮からミサイルが飛んで来たとき、
 避難場所があったので、助かったね
となるのか、
 避難場所があったけれど、結局は役に立たなかったね
となるのか、それはなんともいえないと思うのですが、もっともよいのは、
 日本が指導性を発揮して、
 住民(国民・外国人も)が避難場所に逃げ込まなくてよい平和な世界を
 国際社会の一員として、つくっていくこと、
これに尽きるということになるのではないかと思っています。

2017年9月12日火曜日

おいしくなる冬を待てばよいのに

この時期に販売するとは
どういうことなのだろう・・・と思います

2017.9.10の日曜日、旧軽井沢に行ったとき、青果店の店先を見て、たいへん驚いてしまいました。
なんと!なんと !!
 下仁田ねぎが売られていたのです。
私は、この時期に下仁田ねぎを食べたことがありませんので、おしくないかどうかわかりませんが、下仁田ねぎを栽培されている農家の方にお聞きしますと、
 やっぱり寒くなってきて、ひと霜、ふた霜と、2回ぐらいは霜が降りたころからが、ほんとうの下仁田ねぎの味だよね
とのことです。
こういった〝先人の知恵〟もあって、下仁田葱の会では、
 12月1日を下仁田ねぎの解禁日
として、この日から道の駅しもにたなどで販売を始めています。

昨年の11月には、こんなブログをアップ(↓)させていただきました。

残念なことです! すぐにおいしい時期がやってくるのに・・・
http://geogunma.blogspot.jp/2016/11/blog-post_14.html

商品としての「下仁田ねぎ」とは・・・
  ねぎの品質のよさに+αとしての〝期間限定〟を!!
http://geogunma.blogspot.jp/2016/11/blog-post_15.html

このブログ(↑)では、下仁田ねぎとともに日本三大ねぎのひとつとされている岩津ねぎの取り組みを紹介しています。
つぎの画像は、昨年の12月8日、霜が降りた朝に撮った下仁田ねぎです。
また、2017.9.10の日曜日、軽井沢から帰るとき和美峠を下ってきたところ、国道254号わきの無人野菜販売所の陳列棚に下仁田ねぎが置かれていました。
私は、下仁田ねぎのブランド力の維持という点において、とてももったいないことをしているな、とこういった光景を目にしまうと、悲しい気分になってしまうのです。
岩津ねぎのように期間を定めて、その間だけでの販売にし、それを岩津ねぎというのだ、という取り組みをしていかない限り、せっかく先人が築き上げてくれた下仁田ねぎのブランド力が低下していくように思います。
下仁田ねぎを栽培している農家の方々をはじめ、下仁田町役場、商工会、JAなどが一丸となって、下仁田ねぎのブランド力を守り、高めていく努力をしていくべきではないかと、そんなことを思っているところです。

2017年9月11日月曜日

軽井沢ユニオン教会

すてきな教会です

軽井沢ユニオン教会は、旅番組やドラマに登場することがありますので、ご覧になったことがあるかと思います。
私が記憶しているテレビドラマでは、高橋一生さんや松田龍平さんらの出演による「カルテット(TBS)」で、この教会で撮影したシーンが登場しました。
質素で、凛とした気品を感じます。
ステンドグラスもよいと思いますが、やわらかな光が差し込んでくる、こんな窓もよいものだと思います。
とても神々しさを感じます。
忙しい日常から自分を解き放って、自分を見つめなおすことができるかもしれないな・・・と、そんなことを思わせてくれる軽井沢ユニオン教会でした。
軽井沢にお出かけのときは、お立ち寄りになってみてください。

軽井沢には、石の教会もあります。

石の教会・内村鑑三記念堂
http://geogunma.blogspot.jp/2017/09/blog-post_6.html

2017年9月6日水曜日

石の教会・内村鑑三記念堂

内村鑑三のこと

思い立って、軽井沢にある
 石の教会・内村鑑三記念堂
に行ってきました。
おそらく多くの方々がイメージしている教会とは、違うイメージの教会ではないかと思います。
すてきなアプローチ-石の回廊-を歩いて、教会のほうに向かいます。
内村鑑三の遺品をはじめ、彼の年譜、事績の紹介などは、必見の価値ありです。
とても荘厳な感じがする教会です。
撮影禁止の場所については、教会のパンフレットの写真を引用(↓)させていただきます。
内村鑑三は無教会主義で知られていますので、なにもわからない門外漢の私には、荘厳な感じの教会が内村鑑三と不似合いのようにも感じますが、この地と内村鑑三のつながりを考えるとき、なんとなくうなづけるような、そんな感じがしてくるから不思議です。
内村鑑三は、非戦論でも知られています。

内村鑑三について、私は詳しく知っているわけではありません。
先にブログ(↓)に書きましたが、いまの時代、内村鑑三のことを知ることは、とても大切なことかもしれないと、そんなことを思っています。

おろかもの之碑 「戦争、いやだ」
http://geogunma.blogspot.jp/2017/09/blog-post_4.html