2016年8月25日木曜日

「浅間山噴火の痕跡を見る」:浅間山火山現地見学会

浅間山北麓ジオパーク構想

2016.8.24(水)の朝、ちょっと早起きして、
 「浅間山噴火の痕跡を見る」浅間山火山現地見学会
に参加してきました。
 嬬恋郷土資料館に集合し、嬬恋村のバスに乗せていただき、
 浅間山ジオパーク構想推進協議会運営委員長兼調査研究委員長の黒岩俊明さん
の案内によって、日本ジオパーク認定後にはジオサイトとなる場所をまわりました。
いただいた名簿によりますと、
 地元の嬬恋村・長野原町から参加された方 → 12名、
 富岡市(私を含めて)・安中市・前橋市から参加された方 → 6名
 さいたま市・逗子市・三浦市から参加された方 → 3名
ということで、地元の皆さんの参加が多く、日本ジオパークに向けての地元の方々の熱意をつよく感じました。
あいにくと天気がよくなく、雄大な浅間山を望むことはできませんでしたが、軽妙でユーモアたっぷりの黒岩俊明さんの説明に、参加された皆さんは笑ったり、感心したりと楽しい〝ジオツアー〟になりました。
浅間山の地質図をもとにして、溶岩の流れた場所などを説明していただきましたが、とてもわかりやすいものでした。
 国指定特別天然記念物である浅間山熔岩樹型では、参加された方のなかに、溶岩樹型の清掃などのボランティア活動をされている方がいて、その方々からも「生の声」を聞かせていただくことができました。
浅間山といえば、天明3年の噴火が有名ですが、土石なだれによって埋没し、生き残った皆さんががんばって復興をなしとげた鎌原村については、
 嬬恋郷土資料館ボランティアガイド会長の宮﨑光男さん
によって、その復興事業の内容などについて、とてもわかりやすいお話を聞かせていただきました。
上の画像で、画面左側の道路より盛り上がっているところですが、
 ◎ これは畑から取り出した岩石を積んだもので、鎌原村のメインストリートに対して、ほぼ直角に10間(ほぼ18メートル)幅
  で区画割をして、それを平等に生き残った人々に分配した土地の境界にしたこと、
 ◎ こういった土地の分配などをはじめとして、生き残った人々がひとつの家族であるという考えに立って、近隣の村々からの
  支援をうけつつ、村人が一丸となって復興に取り組んだこと、
 ◎ これが鎌原村の奇跡の復興の大きなポイント
であるといったお話を宮﨑さんからお聞きして、当時の人々の苦労、努力あって、今日の姿があることを実感したツアーになりました。
宮﨑光男さんは鎌原地区にお住まいで、天明3年のときに生き残った方のご子孫とのこと。
ご先祖様への思い、ふるさとを愛する思い、そして火山の噴火などの自然災害に対して、普段から備えておくことの大切さについて、とてもわかりやすく話されました。
嬬恋郷土資料館内の展示についても宮﨑光男さんに案内していただいたのですが、こちらは撮影禁止ということであり、画像はありませんが、発掘調査によって見つかった品々は、当時の鎌原村の人々の暮らしぶりを想像させ、また一瞬のうちに尊い命が奪われるという自然災害のこわさを私たちに教えてくれています。
火山の噴火や地震、大雨などの自然災害が多い日本に住む私たちには、ここで学ぶべきことはたくさんあるようにも思います。
ジオパークの楽しさとともに火山の噴火について、いろいろなことが味わえ学べる、そんな日本ジオパークになるのではないかと思った一日でした。
そして、これが〝ジオツアー〟のお土産です。
浅間山の火山を起源にもつ岩石や砂で、とてもよいものをお土産にいただきました。

来月の初めには、日本ジオパークに認定されるかどうかが決まるとのことです。
「浅間山北麓ジオパーク」が誕生する日を楽しみにしています。

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