2018年4月15日日曜日

道しるべ

里   程  標

いまはカーナビが普及し、道路地図を確認しながらドライブといったことは少なくなっているかと思いますが、カーナビが普及する以前は、道路地図で道を確認しながら運転していたものでした。
ときどき、進むべき道を間違えて、違うところに行ってしまった・・・という経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
江戸時代に旅をされる方々は、道中案内といったガイドブック的なもので、食べ物や旅籠などの情報を得ていたそうですが、それぞれの道の辻(三差路など)にある道しるべは、旅をしていくうえで、とても役に立ったのではないかと思います。
下の道しるべは、藤岡市緑町にあります。
見づらいかもしれませんが、
 右
とある面には、一ノ宮、妙儀、吉井、富岡、下仁田などと刻まれています。
いまの藤岡から下仁田までの国道254号は、おおむね江戸時代の下仁田道といわれている道路に沿っているといわれています。
現在の緑町(↑)ですが、むかしの旅人は、この道しるべで行き先を確認し、
 右へ行こう
 左へ行こう
と歩いて行ったことでしょう。
また、距離がわかる里程標も旅をするとき、とてもありがたいものであったと思います。
かつて生糸の取引などで栄えたまちらしく、 藤岡市には大きな里程標もあります。
たいへんこまかく行き先と距離が刻まれています。
もともとあった場所でなく、道路の拡幅工事などによって、別の場所に移されている道しるべもあります。
藤岡市の「一丁目道標」は、刻まれた文字の美しさもさることながら、当時の交通を知る歴史的な価値という点でもすばらしいものです。
ふと思ったのですが私が子どものころには、道路の傍のあちこちに道しるべや道祖神、庚申塔などが立っていたものでした。
これらは道路を拡げるときなどに移設したのかもしれませんが、いまとなっては路傍にあるべきものがないような、そんなさびしさを感じるときがあります。
それぞれの土地、地域における大事な文化財として、これらの移設先には、あった場所をはじめ、いつ、どういう理由で移設したのかがわかる看板などを立てておけば、これからの時代も語り伝えられ、大切に守られていくのではないでしょうか。

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