2014年11月5日水曜日

富岡製糸場と絹産業遺産群-富岡市の養蚕

養蚕農家に明るい未来が
やってくるのだろうか・・・

今年の6月、富岡製糸場と絹産業遺産群として、世界文化遺産に登録された旧官営富岡製糸場では、先に場内の3棟が国宝に内定したということもあって、多くの方々で賑わっているとのことです。
2014.11.2(日)には、最多入場者の記録が更新されたとの新聞報道がありました。
この日のようすは、旧官営富岡製糸場に行っていませんので、どの程度の混雑ぶりであったかわかりませんが、今年の8月31日の午後に旧官営富岡製糸場に行ったときは、このようなようすでした。
とても暑い日であったと記憶していますが、夏休み最後の日、しかも日曜日とあって、多くの方々がガイドさんに案内されて、場内を見学していました。
しかし、見学を終えた団体客の方々は、すぐにバスが待機している駐車場に向かい、富岡市内の宮本町通りなどを歩いている・・という団体客の方々は、まったく見かけませんでした。
富岡市内の宮本町通りのようすです。
以前、旧官営富岡製糸場でお会いした方にお聞きしたところでは、
 「このあと、甘楽町のこんにゃくパークに行って、そこで無料の試食をいただくことになっている」
とのことで、富岡市内を散策する時間がないとおっしゃっていました。
旧官営富岡製糸場内と駐車場、それをつないでいる道路は、たいへんにぎやかですが、富岡駅前通りをはじめ宮本町通りなどは、たいへんさびしい(富岡駅の利用者があるときは、その方々が降車して駅前を歩きますので、そのときはいく人かの人が歩いています)状況になっています。
富岡市に突如(といった感じを私は受けています)として、世界遺産登録、国宝に内定といった慶賀すべきことがおこったわけですが、富岡市民にとって、たいへんよいことがもたらされた世界遺産登録であり、国宝内定といえるのだろうか、私はつよく疑問に感じています。
たとえば、「蚕育成 市民を公募」の記事ですが、この記事を読んだときの感想を正直に述べれば、

 こんな飼育で生産した繭でつくったものを「富岡シルク」というのか?? 
 かつて、心血を注いで、良質な繭を生産してきた養蚕農家あってこそ、養蚕県群馬であったはず!!
 品質がふぞろいな繭で、なんらかの絹製品に活用するというが、一生懸命にお蚕を飼って、良質で均質な繭を出荷してきた養蚕農家に対して、また消費者にも失礼なことではないか??
 いくら世界遺産登録によって、旧官営富岡製糸場に多くの方々が来られているからといって、このような安直な考えによる「富岡シルク」であれば、つくられる絹製品の品質がよいはずがないと思われても仕方ないことだろう。

というもので、けっして良い考えとは思えませんでした。
そもそも養蚕業が衰退したのは、お蚕を飼って、繭を売ったところで、それが儲けにならないから、という簡単な理由によるものです。

以前、このブログで、こどものころの思い出として、親が養蚕をしていたこと、それを手伝ったことなどを紹介させていただきました。
  http://geogunma.blogspot.jp/2014/07/blog-post_9.html

いま、世界遺産登録によって、繭や養蚕、製糸といったことについて、きちんと将来を見据えることなく、なんとなくふわふわと動いているような・・・、いまの状況について、私はとても心配しています。
 この記事の見出しにある「今しかない」は、下の碓氷製糸組合長のことばからとったものなのでしょう。
世界遺産だ、国の宝だと騒がれなくなったとき、いったいどうしていくつもりなのだろうか、と心配してしまいます。←大きなお世話ですけれど。

富岡市内でも若い人が養蚕をされていると報じられていますが、これから将来にわたって、その方が結婚し、子育てができるといった暮らしに必要なお金を養蚕で稼ぎ出すことができるのだろうか・・・と、こちらも心配してしまいます。←これも大きなお世話ですけれど。

私には、旧官営富岡製糸場が世界遺産に登録され、場内の3棟が国宝に内定されたからといって、富岡市における養蚕に明るい未来が待ち受けているとは、まったく思えないのですが・・・

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