2014年11月21日金曜日

下仁田ねぎ

ご紹介いただくのは、
たいへんありがたいことですが・・・

下仁田ねぎについて、いろいろご紹介いただく記事を拝見していて、とても気になることがあります。
たとえば、ここで取り上げた記事ですが、

「下仁田ねぎが徳川幕府に献上されたことによって、天下一と讃えられ、「殿様ねぎ」「献上ねぎ」という別名でも愛されている」となっているのですが、
江戸時代に徳川将軍家に下仁田ねぎが献上されたという記録は、いまのところ見つかっていません。
この記事には、210年の歴史という表現をはじめ、緑箱に関する説明など、気になるところがいくつかありますが、これは機会があれば別のときに述べさせていただきます。

ネットのなかでも間違った情報が見受けられます。
たとえば、http:///dap/sv/nor1?id=115655932&p=y%23bodyは、

    【下仁田葱は別名「殿様葱」】

   江戸時代には、世に出回り始めて、かの徳川家の嗜好する葱として毎年江戸に
  送られたそうです。

と書かれています。

これからの研究によって、下仁田ねぎが徳川将軍家に献上されたという記録が見つかれば、この記述が正しいことになるかと思いますが、いまのところは、徳川将軍家に献上されていない、が正しいことになります。
下仁田村(当時)の領主である旗本の小笠原家に贈っていたほか、徳川家にも贈っていたというのが箔がついて、かっこいいかもしれませんが、歴史上の事実は歴史上の事実として、きちんとおさえておかなくてはならないと私は思います。

いつごろから下仁田ねぎのことを殿様ねぎというようになったのか、これもたいへん興味のあるところですが、いずれにしても下仁田ねぎの歴史などについて、正しい知識を持ち、それを全国の皆さんにお伝えしたいものです。
下仁田ねぎのすばらしさをPRしていただくことは、たいへんありがたいことですが、すばらしさをアピールしたいがための誇張になり、いわば贔屓の引き倒しになっては困ります。

全国ねぎサミットの会場で、下仁田自然学校文庫「新版 下仁田ネギ 里見哲夫著」を販売させていただきます。
この文庫の57・58頁をお読みいただきますと、徳川将軍家に献上していなかった(いまのところ、献上したという記録が見つかっていない)ということもおわかりいただけるかと思います。

「新版 下仁田ネギ 里見哲夫著」をご購読いただき、全国の皆さんに下仁田ねぎをご紹介いただければ幸いです。

下仁田で開催される全国ねぎサミットが、下仁田ねぎの歴史や文化などを多くの方々に正しく理解していただき、下仁田ねぎの特産地としてのブランド力の向上に資するものであってほしいと、心から願っているところです。

0 件のコメント: