南部フォッサマグナが隆起したから!
きのうのブログ(↓)
「フォッサマグナ-日本列島を分断する巨大地溝の正体-」(藤岡換太郎・講談社ブルーバックス)
刑事もののドラマではないのですが、 事件の犯人がわかったような気分です
で、〝犯人〟がわかってきたということをお伝えしましたが、まだ〝事件〟のことを説明していませんでしたので、その〝事件〟といいますか私が疑問に思ってきたのは、下仁田町ある“根なし山”がどうしてできたのだろうか・・・ということです。
2017.11.8 |
地下深くで、横からの強い力により低角の断層ができ、上盤と下盤が大きくずれ動いて別の岩体の上まで移動しました。その後、大地は隆起をつづけ、それにともない上盤は浸食され、断層面が地表に達し、上盤の一部が山体として残ったものです。
「下仁田町と周辺の地質(2009・下仁田自然学校)」の解説には、多くの方々がいちばん知りたいことである
〇 いつ
〇 どのような力で動いたのか
が述べられていません。
2015.1.15 |
〇 ナップ基底部は、多数の断層の集合体であること。
〇 ナップ基底部の傾斜は、ほとんど水平で、上盤側の下盤に対する相対運動方向は、
西→北西→北という時計回りの動きが記録されていること。
2012.3.19 |
断層運動で動いてきたときにこすれた跡-条線-があって、移動の方向を示している
という部分です。
条線については、つぎの画像(↓)をご覧ください。
2013.11.1 |
2014.9.5 |
いまの日本列島は、ユーラシアプレートに押され、北米プレート・太平洋プレート・フィリピン海プレートが潜り込んでいますが、南部フォッサマグナを隆起させた大きな力は、フィリピン海プレートの動きであったと考えられています。
フィリピン海プレートは伊豆半島を動かしているプレートですが、このプレートが中央構造線を下仁田あたりまで押し上げ、さらには多くの山々などもつくったことでしょう。
“根なし山”は、15Maぐらいのとき-南部フォッサマグナが盛んに動いていたころ-に、フィリピン海プレートにギュッギュッと押され、持ち上がってきたといいますか盛り上がってきた-隆起-ということではないかと私は思うようになりました。
これから地層に含まれる化石などを比較して、主に南部フォッサマグナの隆起過程との関連-証拠探し-をしてみたいものです。
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