2013年6月12日水曜日

荒船風穴

風穴のしくみとは・・・

きょうの午後、下仁田町自然史館において、福山市立大学の澤田結基先生による「風穴のしくみ」についての学習会がありました。
荒船風穴は、蚕種が保存されていたころ-明治後期から昭和初期-と変わらず、いまも冷気が出ています。

その冷気ですが、
   どうして冷気が出てくるのか・・・
といったことについては、いまのところ詳しくわかっていません。
上の写真は、冷気が下から出る仕組みの簡易な実験を、澤田先生に教えていただいているところです。

澤田先生は、北海道鹿追町の風穴をはじめ、全国各地の風穴を調査されています。

きょうの学習会では、澤田先生の調査結果に基づいて、荒船風穴の冷気が出てくる仕組みを教えていただきました。
澤田先生によれば、荒船風穴の冷気が出る仕組みの全容解明には、今後も多くのデータ収集と調査が必要とのことでした。

澤田先生には、これからも荒船風穴の調査を続けていただいて、冷気が出る仕組みの全容を解明していただきたいと、つよく思いました。
また、調査に必要な機材などを下仁田町役場で調達し、必要なデータ収集を早期に行うことが必要なことではないか、とも思った学習会でした。

きょうは、とても貴重なお話を聞かせていただいたことを、たいへんうれしく思っています。
澤田先生に心からお礼を申し上げます。

2013年6月11日火曜日

大桁山&鍬柄岳

ニホンカモシカに遭遇!!!

わかりづらいと思いますが、赤い矢印のところにニホンカモシカがいます。

この写真を撮る前、カーブのところでニホンカモシカに遭遇したのですが、デジカメのスイッチがOFFになっていたことのほか、私が驚き、あわててしまっていたこともあり、遭遇した瞬間の写真は撮れませんでした。

デジカメのスイッチをONにして、近づいていったところ・・・
後ろを振り向いて、待っていてくれました。
ズームを最大にして撮影した画像です。

待っていてくれたというのは、私の勝手な思い込みだと思いますが、ほんとうにそんな感じがする表情で、私をじっと見ていました。
このあと、右の斜面を下りていきました。

以前、長野県の浅間山麓で、ニホンカモシカに遭遇したことがありました。
近い距離であったのですが、斜面の上のほうにシカがいたこともあって、なんとなく遠い感じがしたのですが、今回は林道上での遭遇ということもあって、たいへんどきどきしました。

これまで、「大桁山にニホンカモシカがいる」と聞いたことがありませんので、私が大桁山で、ニホンカモシカに遭遇できたことは、とても珍しいことなのかもしれません。

大桁山&鍬柄岳

おおげたやま&くわがらだけ

来月に予定されている自然観察会の下見で、大桁山(835.9m)と鍬柄岳(598m)に登ってきました。
大桁山は、火山岩体が第三紀層の地層を押し上げてできた山です。
鍬柄岳は、平滑(なめ)花崗岩の貫入岩体です。
右側の山は、「はふまえば」の岩山です。地元の方々は、破風前場を「はめえば」と発音します。

地図に山名が記載されていない山-里山-は、それぞれの地区によって、その山を眺める角度などが違うために、それぞれの呼び名が付けられていることがあります。
代表的な小字(こあざ)や沢の呼び名を山の名前にしたり、山の形状に着目して、名前をつけているようです。

里山を歩いていて、山道や畑で地元の方々に会ったとき、
  「あの山は、なんという名前の山ですか」
と聞いてみてください。
この話しかけによって、おもしろい山名を教えてもらえたり、いろいろなことを聞かせていただければ、山歩きの楽しさが倍加すると思います。
ぜひ、お試しください。

大桁山の山頂です。
とても眺めのよい大桁山の頂上なのですが・・・
きのうは、視界がよくなかったため、遠くまで見えませんでした。

つぎは、鍬柄岳です。
大桁山から鍬柄岳に向かうとき、尾根の縦走路を歩きました。
尾根の縦走路は、初めて歩きましたが、とてもスリリングなコースでした。

上の画像は、鍬柄岳の鎖場です。
鍬柄岳は、598mという低さですが、直立した崖を登り降りしますので、「山に登った!」という気分を味わうことができます。

鍬柄岳の山頂です。
鍬柄岳の頂上からは、荒船山や鹿岳、四ッ又山などが見えます。
山頂には、石宮があります。

いまでも地元の方々によって、大切にお守りされている神様です。
お祭りのときは、この山頂に長い竹竿を立てて、その竹竿の先に幟(のぼり)を下げます。
幟が風にはためくようすは、遠くからも見ることができます。

むかしの人々は、この岩山に神が降り立ち(よりしろ)、私たちに豊かな実りと幸せな生活を与えてくれる、そのようなことを思って、険しい崖をよじ登り、石宮をつくったのでしょう。
その先人の思いを引き継いで、いまでも地元の方々が大切にお守りしている神様です。
無事に登らせていただいたことを感謝して、山頂をあとにしました。

2013年6月9日日曜日

砥石

小坂砥山(おさかとやま)

「北甘楽郡史(本多亀三著)」によれば「小坂砥 小坂村大字小坂より産す。明治維新頃より、漸次切り出し始めたり。一時は、頗る盛況を呈し砥澤砥に亜ぐの産額を見るに至りしが、今は採掘せざるが如し」と記載(193頁)されています。

小坂砥山は、戦後も操業していたとのことで、使われていたトロッコの車輪やレールが残されています。
「北甘楽郡史」は、昭和の初めに発行されました。
「北甘楽郡史」の記述では、「いまは、採掘していないようだ」となっていますので、実際に採掘されなくなっていたのか定かでありませんが、昭和の初めか大正時代あるいは明治時代のある時期において、操業しなくなっていたことがあったのかもしれません。
これは、切り出した砥石を運搬する鉄索です。
写真奥に見える集落まで、砥山から砥石を降ろしました。
操業していた当時(戦後のようす)の写真です。
切り崩した原石やトロッコのレールが見えます。
その奥に坑口が見えます。
この写真が撮られたころには、露天掘りだけでなく坑内掘りもしていたのだろうか・・・、と気になる写真です。
いまの状況です。
柱状節理がよくわかるかと思います。

   【お 願 い】
小坂砥山につきましては、下仁田ジオパークのジオサイトでありません。
ここは私有地ですので、立ち入らないでください。

2013年6月7日金曜日

宮室(みやむろ)の逆転層

地 層 の 逆 転

アンモナイトなどが海にいたころ、砂や土が海底に堆積して、それらが積み重なり固くなった地層なのですが・・・
どういうわけか、ここで見られる地層は、下に積もって固まった地層が上になり、上に積もって固まった地層が下になっています。
この画像は、南牧川に架かっている万年橋の上から宮室の逆転層を撮影したものです。
万年橋は、下の写真でおわかりのとおり、とてもきれいな橋です。

ここが宮室の逆転層を観察するポイントです。
上の写真では、見づらいかもしれませんが、地層が逆転したことは、きめの粗い砂の層が上になっていて、きめの細かい土の層が下になっていることからわかるのです。

簡単な実験をひとつ紹介します。
ペットボトルに土と砂を入れ、そこに水を注ぎ入れて、よく振ってみてください。
よく振ったあと、そっとペットボトルを平らな所においておきましょう。
そうすると・・・
まず、きめの粗い砂の層が下に沈んでいき、そのあとにきめの細かい土が沈んでいきます。

海底や湖底に土砂が堆積するときは、このようにして堆積していきます。
これが、級化構造といわれるものです。

     ※ 軽石の場合であれば、粒が大きくても軽いため、なかなか沈みにくいので、
      かならずしもきめが粗いからといって、先に沈んでいくとはいえませんので、
      注意が必要です。

南牧川の清流をわたって吹いてくる涼しい風を感じながら、
宮室の逆転層を観察してみませんか。
そして、どうして地層が逆転してしまったのか、
ご一緒に考えてみませんか。

2013年6月6日木曜日

珍しい看板

荒船山コース
この写真は、2004年(平成16)9月に撮影しました。
看板に「尾沢村星尾」とあります。

尾沢村は、1955年(昭和30)に南牧村になりました。
この看板は、尾沢村が南牧村になる前につくられたことになります。
いまは、JRになりましたが、「国鉄」とあるのも懐かしい感じがします。

たいへん古い看板といえるでしょう。
よほどしっかり製作されたものとみえて、およそ半世紀(合併した年の1955年に設置されたとして、2004年の撮影時点までの時間としたとき)が経過していると思えないものです。

この看板が設置されたのは、かつて「荒船号」という臨時列車が運行され、東京などから若者たちがたくさん荒船山に登られていたからなのです。
臨時列車の「荒船号」が運行されていた細かな内容、時期等については、まったく知りませんが、高崎駅で国鉄の線路から上信の線路に乗り入れ、下仁田駅まで運行していたと聞いています。

この看板をご覧になって、「おっ、懐かしいな!」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

南牧村星尾から荒船山に登るコースには、この看板と同じものが設置されています。
これから荒船山に登られるときは、この珍しい看板をどうぞご覧になってください。
とてもすばらしいものです。

そして、南牧村といえば・・・

「滝の里」としても有名です。

いまは、梅雨の時期というのに、よく晴れて暑い日が続きますが、こうした暑い日や、これからの真夏には、涼しさ満点の滝めぐりが最高です。

どうして、このような滝ができたのか・・・といったことを考えながらの滝めぐりをしたあとは、道の駅「オアシスなんもく」に立ち寄って、おいしい「とらパン」などを味わってください。

下仁田ジオパークのおとなり、南牧村も見どころ、楽しさ、おいしさいっぱいです。
下仁田ジオパークの見学とあわせて、南牧村の見どころ、楽しさ、おいしさも堪能してください。

2013年6月2日日曜日

化石研究

化石研究会 シンポジウム

2013.6.1(土)午後、下仁田町文化ホールにおいて、化石研究会総会・学術大会が開催されました。

最初に渡辺真人さん(産業技術総合研究所地質標本館・日本ジオパーク委員会事務局)の基調講演「世界と日本のジオパーク活動」が行われました。
上の写真は、渡辺真人さんの基調講演後の質疑応答のようすです。
天草御所浦ジオパーク構想推進協議会事務局・天草市立御所浦白亜紀資料館の鵜飼宏明さんによる「天草御所浦ジオパークと化石の関係」をはじめ、白山手取川ジオパークの日比野剛さん、戸台の化石保存会の北村健治さん、秩父まるごとジオパーク推進協議会の吉田健一さん、神流町恐竜センターの久保田克博さんによる事例報告のあと、総合討論が行われました。

上の写真は、総合討論のようすです。
シンポジウムのテーマ「ジオパークにおける化石について~地域の宝をどのように残していくか~」について、研究活動、子どもたちを対象にした体験教室などを通じての啓発活動のあり方、地域の方々を巻き込んでの化石産地の保護、保全の図り方などをめぐって、白熱した討論が展開されました。

シンポジウムの会場では、下仁田自然学校による書籍販売が行われました。
特別価格での頒布ということもあって、こんなにたくさんご購入された方も。
シンポジウムで熱い討論のあと、化石研究会の方々を下仁田層の貝化石産地、諏訪神社などにご案内しました。
上の写真は、下仁田ジオパークのボランティアガイドである飯島富司さんが諏訪神社をご案内しているところです。

            きょうの6.2(日)は、
          下仁田町公民館において、
          10:00~15:20に
          一般講演等が行われます。
どうぞ、お出かけください。