2018年5月18日金曜日

古代ハス:石坪の池(富岡市神成)

今年も楽しみです

ことしの春は、花が咲くのが早かったので、
 石坪の池の古代ハスは、どうかな・・・
と思って、けさ(2018.5.18)早くにようすを見に行ってきました。
この池の手入れをされている方が、
 花が咲くのは、まだまだ先だと思うよ
とのことでしたが、ひとつだけ花芽を見つけました。
作業をされていた方も花芽を見て、
  ことしは早くに咲くかもしれないね
と話されましたが、昨年と比べた場合、かなり早い花芽の登場といえそうです。
葉の伸び具合など、きょう現在の状況は、この画像(↑)のとおりです。
昨年の状況は、といいますと・・・
2017.6.8には、まだ固いツボミがいくつか・・といった状況(↑)でした。
2017.6.18に撮影した画像(↑)です。
咲き始めてきた、といった段階でしょうか。
いっぱい咲いている!
    という状況になったのは、2017.6.29に出かけたときでした。
ことしの古代ハスの花は、昨年より早く咲くかもしれません。
のちほど開花状況をお知らせいたします。
古代ハス:石坪の池は、神成山のふもとにあります。
上信電鉄の神農原駅で下車して、神成山を縦走し、石坪の池で古代ハスの花を眺めながら休んで、南蛇井駅に向かうコースがおすすめです。
古代ハスの花を見にお出かけください。

2018年5月17日木曜日

葉画家・群馬直美の葉っぱたち展

とてもすてきで楽しい美術展です
高崎市染料植物園

葉っぱの虫食いあともかわいい群馬直美さんの葉画を見てきました。
細かな部分まで正確に描いている絵がすてきなのはもちろんですが、とても楽しいコメントが絵に添えられていて、そのコメントもたいへんかわいいのです。
ミツマタの絵には、1万円札の原材料費が紹介されていて、
  へー、そうなのか!!
とだれかに話したくなる情報も盛り込まれています。
葉っぱのほか、たくさんの木の実の絵もたくさん展示されています。
  2018.6.10(日)まで
高崎市染料植物園
       高崎市寺尾町2302-11 tel 027-328-6808
葉っぱが好きな方は、もっと好きになるでしょうし、
『葉っぱ・・・?興味ないな』と思っている方は、
葉っぱの奥深い世界を知って、
きっと葉っぱが大好きになると思います。
葉画家・群馬直美の葉っぱたち展
どうぞ、お出かけください。

2018年5月16日水曜日

正しい解説になっているのだろうか・・・

世界文化遺産・荒船風穴

先日、遠方から荒船風穴に来られた方がフェイスブックに書かれていた内容について、余分ごとかな・・・と思ったのですが、前々から気になっていたことを書き込ませていただいたことがあります。
赤い矢印の部分です。
以前、つぎのブログ
秋蚕の碑-きちんと歴史を伝えているだろうか・・・ リピーターは1割未満
  世界文化遺産・旧富岡製糸場

で紹介しましたが、旧富岡製糸場をはじめとする世界文化遺産について、歴史をきちんと伝えていないのではないかと、前々から気になっています。
その根源のひとつかな・・・といえるのが、群馬県のホームページに紹介されている短文(↓)ではないかと思います。
いま、あちこちで配布されている「上野三碑と富岡製糸場周辺ガイドマップ・さんぴさんぽ・せいしじょうさんぽ」に掲載している荒船風穴の解説文は、群馬県のホームページに紹介されている短文(↓)とほぼ同じです。
〇数字は説明用として、私が付したものです。
まず、①の明治38年という時期をお話しいたします。
「群馬の養蚕(みやま文庫)」によれば、
  明治35年 榛名風穴
  明治38年 荒船風穴・星尾風穴
  明治40年 東谷風穴・利根風穴
のあと、ほかの風穴が群馬県内にできたたのことです。
明治38年ころは、いわば〝風穴ブーム〟といった時期であったといえます。
つぎに、①の当時という表現ですが、これが明治38年から大正3年をさすのであれば、③の年1回だった養蚕を複数回可能にしたという文章そのものもおかしいのですが、当時という時期ですらおかしいということになります。
そもそも荒船風穴は、冷風を活かした蚕種の貯蔵施設(②の部分)であり、複数回/年の蚕の飼育については、
秋蚕の碑-きちんと歴史を伝えているだろうか・・・ リピーターは1割未満
  世界文化遺産・旧富岡製糸場

で紹介したとおり、たいへんな苦労をされた方があったおかげで、明治20年代には群馬県はもちろんのこと、広く全国で複数回/年の蚕の飼育が行われるようになっていました。
繭の生産量は、明治15・16年ごろに増え、そのあと減少に転じるのですが、明治23年からは全体的に繭の生産量が増えます。
明治20年代に繭の生産量が増えるのは、春蚕だけでなく夏秋蚕が普及し、たくさん繭が生産できるようになったからです。
群馬県をはじめ、全国に風穴ができたのは、こうした複数回飼育の普及とともに、生産した繭の取引価格が養蚕農家にとって、とても儲かることであり、桑や蚕種の改良とあいまって、掃き立て時期が計算できる風穴で貯蔵された蚕種の需要が高まった時期、それが①の明治38年ころであったからでした。
要するに、荒船風穴ができる前から蚕の複数回/年の飼育は、全国に普及していたということなのです。
荒船風穴は、その当時とすれば貯蔵技術を工夫して、貯蔵などのシステムがすぐれていたという施設になると思いますが、蚕の複数回/年の飼育を可能にしたわけではありません。
そして、④の朝鮮半島にも及んでいたという部分です。
群馬県のホームページをご覧になった方は、朝鮮の方が荒船風穴に蚕種の貯蔵を委託したと思われるかもしれませんが、残された記録によれば、北村近太郎さんという方が委託して、北村寅吉さんという方が蚕種を受け取っているというもので、この記録から考えられる、あるいは想像できることは、日本から朝鮮に行った方が日本で暮らしている父(あるいは兄や弟ということもあるかなと・・・。もちろん肉親でなく他人ということもあるかもしれませんが、私は父親あてであったのではないかと想像しています)へお願いします、ということで、荒船風穴に蚕種の貯蔵を委託したのであろうと考えています。
荒船風穴の場合、朝鮮からというのは、この事例のみだと聞いています。
これをもってして、④の朝鮮半島にも及んでいたというのは、荒船風穴紹介の解説文として、適切な表現になっているのだろうか・・・と、これも気になっています。
もっと多くの方々、それも朝鮮の方々から委託されていたというのであればわかるのだけれど・・・と、前々から気になっています。
荒船風穴を紹介した短文(↑)は、つぎのホームページの赤い矢印のところ(↓)から入って見ることができます。
私の考えが間違っているかもしれませんが、私は歴史をきちんと把握したうえで、すばらしさをしっかりアピールする、そんな世界文化遺産であってほしいと思っています。

2018年5月15日火曜日

レモンラーメン

おおぎや

おおぎや安中店で、レモンラーメンを食べてきました。
おおぎや安中店に着く前は、
 きょうは、あれを注文しよう
と言っていた家内ですが、店に着いて、
 レモンラーメン
の貼り紙を見て、
 きょうは、これにしよう!!
と決めていました。
レモンラーメンの味は、ここに書いてあるとおり(↑)ですが、ちょっと付け加えるならば、ラーメンの麺らしくない感じの麺で、それがまたレモン風味とマッチングしていて、たいへんおいしいものになっているように思いました。
私はといえば、いつものとおりの注文です。
味噌ラーメンに餃子のランチセットです。
おおぎやといえば、なんといっても味噌ラーメン、これがいちばんではないかと・・・(←あくまでも味噌ラーメン大好きな私の感想です)
それに無料の小ライス、生ニンニクをいただき、お腹いっぱいになりました。
おおぎや安中店は、国道18号沿いにあります。
これからの暑い日には、冷やし中華もよいと思いますが、レモンラーメンもおすすめです。
と紹介しながら私は、大好きな味噌ラーメンにして、餃子をプラスしたランチセットにするかもしれませんが・・・

2018年5月12日土曜日

金毘羅宮

神様を大事にする

先日、

下仁田駅の優しすぎる貼り紙

で紹介したとおり、とてもやさしい方々が働いている上信電鉄ですが、そういえば・・・と思い出したのが、千平駅近くに鎮座している金毘羅宮です。
気をつけていないと見逃してしまうような小さい神社ですが、地元の歴史に詳しい方にお聞きしたところでは、かなり古い時代からおまつりされていた神社ということでした。
いまから120年以上も前、鉄道工事によって移転し、上信電鉄が引き継いだことが書かれた看板です。
この看板によれば、金毘羅宮は鏑川の舟運などの安全を祈願する神様として、下仁田町白山滝尻地区でおまつりをされていたとあります。
白い矢印の先に見えるのが上信電鉄の線路です。
杉林などで見えませんが、白い矢印の左右が上信電鉄の線路になっています。
黄色い〇のあたり(杉林で見えませんが)に金毘羅宮があり、鉄道工事 のために移転していったのだそうです。黄色い〇の位置から河原に下りていったあたりに、地元の方が〝川湊〟という河岸があったと聞いています。
ここから船や筏で、荷物を運んでいたのでしょう。
小さな神社ですが、とてもよくできている神社ではないかと思います。
かつて舟運の安全を願う人々の思いをうけとめてきた金毘羅宮は、いまは上信電鉄の電車の安全な運行を願う人々の思いをうけとめ、交通安全の神として、この場所で電車や乗客などを見守ってくれているのでしょう。
上信電鉄で働く方々は、むかしもいまも乗客も神様も大切にしてこられ、だからこそ120年もの間、鉄道会社として存続しているのでしょうし、駅に来るツバメにもやさしい、それが上信電鉄の伝統、社風といえるかもしれません。

2018年5月10日木曜日

自家製の落花生

とてもおいしいですよ!

去年の秋に収穫した落花生を煎ったところ(↓)です。
殻付きのまま煎ってもよいのですが、素人には殻付きをうまく煎ることが 難しいことと、煎る時間が長いことから私は、煎る前に落花生の殻を割って、実を分けています。
殻付きのままのものを食べるとき 、気をつけていても殻があちこちに飛び散りますが、殻を割ってから煎ったものであれば、そういったことを防ぐこともできます。
煎り始めたころのようすです。
ガスコンロの火はいちばん弱火にして、菜箸でゆっくりかき混ぜて、こがなさないように気をつけて煎っていきます。
終了に近づいた段階のようすです。
大きい落花生を選んで、それをひとつ口に入れて、煎り具合を確認します。
なかまで(シンのほうまで)熱がとおっていれば、十分に煎れていることになります。
これを自然に冷ませば、おいしい落花生のできあがりです。
今年も落花生を栽培する予定です。
落花生の栽培は簡単ですので、
 おいしい落花生を食べたいな・・・
と思っているあなた、落花生を栽培してみませんか。
この画像は、2017.5.16に撮影したもので、ポットに落花生の種を並べたところです。
畑に直播をしてもよいのですが、私が暮らしている地区のカラスやハトは、お行儀がよくないのか、私の畑に無断で入ってきて、種を掘り出して食べてしまいますので、芽が伸びてから畑に定植するようにしています。
落花生の栽培は、ほんとうに簡単ですし、自分で煎って食べる、これが最高においしいことかと思っています。

2018年5月9日水曜日

コンニャクの花

あまり目にしたことはないかと・・・

以前のブログ(↓)

これは いったい・・・なんでしょうか?

で紹介した〝不思議なもの〟の正体は、コンニャクの花です。このブログ(↑)を投稿した際、いろいろ書き込んでいただいた皆様には、心から感謝を申し上げます。
コンニャクを栽培している農家の方にしてみれば、地下で育つイモの部分を大きくすることが目的であり、花を咲かせることではありませんので、コンニャクの花を見ることは、コンニャクをたくさん栽培しているところで暮らしていても、なかなか目にすることはないといってよいかもしれません。
ずっと前のことになりますが、
  花が咲いたコンニャクのイモは、ちゃんと育たないんだよ
と農家の方に聞いた記憶があります。
下の画像の矢印の先にあるのが、家庭菜園の隅に出てきたコンニャクの花です。
花が咲いたコンニャクのイモは、ちゃんと育たないのかどうか、詳しい方に教えていただきたいところですが、コンニャクは生子(きご)と呼ばれる子どものコンニャクを親イモからとって、それを植えつけることによって、コンニャクを増やしたり、代々受け継いで栽培を繰り返す作物であり、花が咲いて、種をつける必要があるのかどうか、そもそもコンニャクの花は、なんのために咲くのか、まったくの素人である私には、不明だらけのことでして・・・。
生存戦略上、無意味なことをするとは思えませんので、きっと
  へー、コンニャクの花には、そんな理由があったのか!!
と驚く理由があるのかもしれませんね。