2015年10月5日月曜日

いったい誰が詫びるべきなのか?

効果的なお詫びとは・・・

ネットで「詫びる」を検索してみたところ、つぎのような解釈でした。

1. 詫びる

 (動バ上一)[文]バ上二 わ・ぶ〔「侘びる」と同源〕相手に迷惑をかけたことをすまなく思い,許しを求める。あやまる。謝罪する。「失礼を-・びる」「不行き届きを-・びる」「無沙汰を-・びる」〔「詫びる」は文章語で,当人が心から反省した上で謝罪す ... (大辞林 第三版)

2. 詫びる

 [動バ上一][文]わ・ぶ[バ上二]《「侘びる」と同語源》自分の非を認めて、相手の許しを請う。あやまる。「非礼を―・びる」→謝(あやま)る[用法]  (デジタル大辞泉)

また、同じくネットで「謝罪」を検索したところ、こちらはつぎのような解釈でした。

1. 謝罪 

 (名)スル罪やあやまちをわびること。「-する気はない」「-広告」 (大辞林 第三版)

2. 謝罪

 [名](スル)罪や過ちをわびること。「被害者に―する」「―広告」 (デジタル大辞泉)


3. 詫びを入れる 

 謝罪を申し入れる。あやまる。 (デジタル大辞泉)

先月のWOWOWで、たいへんおもしろい映画が放送されました。
『謝罪の王様』という映画です。
この映画をご覧になった方も多いと思いますので、映画の内容説明は省きますが、とても興味深い内容の映画でした。
 きょうのブログでの主題は、映画批評ではありませんので、この映画のおもしろさをどうのこうのというものでなく、
 誰が、
  誰に、
    どのように、
       いつ、
         詫びるのか、
そして、
   詫びるタイミングを失したとき、
   とんでもない大事(おおごと)なことになってしまう・・・
といったことも描かれている映画で、
 職業柄といいますか、組織に属する一員として、
  部下の失態などについて、謝らなければならない中間管理職以上の皆さんには、
    必見の映画といってよいかもしれません、
ということを紹介したいと思って、きょうのブログに載せてみました。

私が勤務していたとき、いろいろと謝る事態が発生したのですが、その際には、

 ① 直ちに事案の経過を客観的にまとめるため、係長が中心になって、対応した担当職員から事情を聴取し、それを時系列に並べた資料を作成
  し、
 ② その資料をもとにして、課長はじめ他係の係長をまじえて、対応のどこに問題があったのかを検証し、
 ③ 詫びるべき点があるという結論に達したときは、組織としてのお詫びの内容を決めたうえで、
 ④ 事案発生の係の長である係長がお詫びに出向くこと、そのときは次席の主任が同行することなど
を速やかに決定します。

相手方との連絡、面談予約などは、問題を起こした職員でなく、次席の主任が行い、お詫びに出向いたときの対応は、係長のみが行います。
次席は、係長の補佐役として、内部での打ち合わせに沿って、係長が対応しているかどうかを確認し、相手方の発言等の記録などを行います。

帰庁後、相手方と面談してきた結果を書面にして、直ちに上司に報告し、相手方の主張等を十分に検討します。
そのうえで、解決のために必要な方法を模索します。

このようなことを繰り返しながら相手方の主張をよく聞いて、相手方が納得できるところまで話し合いを続けます。

その際に気をつけなければならないのは、あまりにも法外な要求等については、毅然とはねつけることであり、誰が考えてもそのとおりだと思う要求については、それが自分のセクション以外の内容であっても真摯に対応していくことも必要になってきます。

最初は、おこっていて話を聞いていただけなかった方も、2回、3回とお会いし、いろいろなことを話すうちに、自分の思いをお話ししていただけるようになってくるものです。

要は、対応にあたる係長と次席の人柄、まじめな対応に尽きるのではないかと思います。

ある町では、副町長が
  お詫びに・・・
と動いているやに聞いていますが、
副町長という行政のナンバー2が登場するのは、よほど話がこじれてしまったときとか、長い間、こじれていた話が解決したとき、その和解の場であいさつするとか、といった役割ではないかと私は思うのです。

すくなくても行政の職員で、自分より上席の職員が謝罪するようなことをしでかせば、その職員は処分を免れないというのが常識です。

私の経験では、だいたいの案件は、係長及び次席らの係員による対応によって、解決できたように記憶しています。

ところで、問題を起こした職員ですが、問題解決のための対応をよく説明するとともに、次席と相手方との電話連絡の仕方などを学ばせます。
また、この動きと並行して、問題を発生させた原因について、その職員によく考えさせ、状況に応じて、反省文的なレポートを書かせます。

また、大切なことは、こういった事案を通じて、問題を起こした職員には、仕事上で住民に迷惑をかけて申し訳なかったという認識をもってもらうとともに、職場への信頼を損ねたという意識をもってもらうことはじめ、それを課内の全職員が我がこととして、これからは問題を起こさないぞ、という意識を十二分に自覚していくようにすることだと思っています。
ある町の事例をお聞きしたとき、私が感じたのは、
 職員の意識が変化しているのであればよいのですが、その意識が変わらずにいるなかで、行政のナンバー2だけに詫びさせているとすれば、
  だめだ、こりゃ!!!(←いかりや長介ふうに)
というものでした。

かつて勤務していたとき、
誰が、
  誰に、
    どのように、
       いつ、
         謝るのか、
そして、
   謝罪のタイミングを失したとき、
   とんでもない大事(おおごと)なことになってしまう・・・
といったことの難しさが身にしみている私としては、ある町の対応はとても不思議に感じます。

2015年10月4日日曜日

イエローカードが出されたら、やめちゃえばよい

突然ですが、三択問題です

日本ジオパークに認定されている自治体における首長の考えとして、あなたがよくないと思うものをつぎのみっつのなかから選んでください。

三択問題を考えていただく前に、この自治体の置かれている状況をざっと説明しておきます。
この自治体では、ことしの11月に4年に1度の再認定審査を受けることになっていて、当初はイエローカードが出されるかもしれないという心配があったのですが、ここへきて住民活動の高まりもあってか、イエローカードが出されないのではないか・・・、という楽観的な見方も出てきているような状況下にあります。

日本ジオパークに認定されたあと、4年に1度の再認定審査に際して、
 条件付き再認定となることをイエローカードといい、
条件付き再認定になったときは、2年後に再審査を受け、その結果によって、ジオパークとしての継続性が判断されるというものです。

A  「再認定審査においては、イエローカードが出されないよう、行政と活動団体が力を合わせて、一生懸
 命にがんばれ」といい、先頭に立って、再認定審査に立ち向かっている首長。

B  「健闘むなしく、万が一、イエローカードが出されてしまったときは、その原因を突き止め、2年後の再審
 査では、かならず再認定になるように努力しよう」と職員や団体と話し合っている首長。

C  「イエローカードが出されたら、やめちゃえばいいさ。どうせ、ジオパークなんて、金食い虫で役に立たない
 のだから」と公言し、ジオパーク活動への関心がない首長。

※ A・Bの首長の場合、もちろん公務もジオパーク優先で、
出張の日程が重なってしまうときは、
ジオパーク関係の出張を優先しています。
※ お断りをしておきますが、
この三択問題は、私が考えたもので、
実在するジオパーク、自治体とは関係ありません。

皆さんは、A・B・Cの首長のなかで、どの首長の考えがよくないと思いますか。
イメージ画像です
これまでに活動してきた私の体験では、日本ジオパークになったということだけで、多くの方々がやってきて、いろいろなものがたくさん売れると勘違いされている方が多いように感じます。
自分たちがジオパーク活動を通じて、いろいろなものを磨き上げ、それを魅力あるものと感じていただき、それが売りになっていく・・・というもの、それが循環していくことこそがジオパーク活動がめざすべき方向だと思っているのですが、一般的には、
 たくさんの予算を役所が使っているというが、うちの食堂の〇〇丼の売り上げは、ちっとも増えやしない!
という不満を持たれている方も見受けます。

ジオパーク活動というのは、そういうものではなく、みんなが盛り上げていくものなのに、と私は思うのですが、長年の間、自分だけよければという考えで生きてこられたからなのか、よそへの目配り、町の全体的な将来を見通す視点が乏しいと思われる方も見受けます。

ジオパーク活動については、島原半島世界ジオパークのHPも参考になります。
http://www.unzen-geopark.jp/first

さて、私の考えですが、A~Cの首長それぞれがよいと思います。
つまり、この三択でのA~Cの首長は、A~Cともによい考えの首長であり、よくない考えの首長はいないということになります。

A・Bの首長は、ジオパーク活動を応援しようという人々にとっては、とても頼もしい首長であり、たいへんすばらしい人物だと思います。

Cの首長は、ジオパーク活動を応援している人々にとっては、なんとも情けない首長ということになり、Cの首長の考えはよくないということにしてしまうかもしれませんが、わたしはCの首長はすばらしいと思います。
財政的にも厳しい状況下にあって、職員にやる気がなく、ジオパーク活動を盛り上げることができず、これからも盛り上げられる見込みがないのであれば、さっさと手を引いてしまったほうが、自治体の財政等にとって、たいへんよいことだからです。
住民の立場になって考えるとき、これからもうまくジオパーク活動が展開できず、ジオパーク活動の効果を得ることができないのであれば、そこに投じる公費は、まったくの無駄遣いということになりますので、さっさとやめるというのも賢明な考えだと私は思います。

皆さんは、どのようにお考えになりますか。

ことしの再認定審査において、再認定審査対象のジオパークがどのような結果になるのか・・・
撮影:2014.8.3

撮影:2014.8.3
日本ジオパークの認定が取り消さたり、日本ジオパークの認定を返上したジオパークのカードを持っている方は、これから先プレミアムものとなるかもしれません。
楽しみに持っているとよいかも・・・

2015年10月3日土曜日

壊れた時計

時を知る~過去・現在・未来~

下仁田町自然史館の玄関上にある時計は、針が取り除かれ、時刻表示(文字盤)が残されています。
撮影:2015.9.28(月) 
青倉小学校があったころには、きちんと時を刻んでいたのかもしれませんが、いつの間にか故障してしまったのでしょう。
撮影:2013.11.15(金) 14:20
私が使用していたデジカメは、いつも時刻表示を調整していますので、記録されている日時に間違いないと思っていますが、その撮影データによれば、14:20となっています。
時計の針が15:02ころをさしていますが、このころにはきちんと時を刻んでいなかったことになります。

私は、駅をはじめ公共施設にある時計は、かならず正確に時を刻んでいるべきだと考えています。
不正確な時を知らせる時計であれば、生活に混乱をきたすことになるからです。

いまは、個人が腕時計やスマホなど、時刻を知る道具に事欠きませんが、かつて時刻を知るということは、たいへんなことでした。
ご存知のように、不定時法を採用していた時代にあっては、日の出から日没までの間を区切って、それを一時(いっとき)としていました。

明治になって、鉄道を走らせるとき、この不定時法では、鉄道ダイヤがうまく組めないこともあってか、定時法に移行するのですが、そのときから日本人は、時刻を正確に知って、その時刻に従って、行動するというパターンを身につけてきました。

私は、駅や公共施設の大きな時計を見るたび、昔の人々は、この時計を見て、時刻を知る以上のものを感じていたのではないかと思っています。

それは、時刻を知る、その向こうに、
  過去 むかし
 現在 いま
 未来 これから
があることを身近に感じるようになったのではないかと思っています。

もちろん、不定時法の時代も過去や現在がわからないわけではありませんが、それは厳密な意味での時の把握といえないものであったのではないでしょうか。

時計は、たんに時刻を知る道具ではなく、この時代にあって、自分の立ち位置を明らかにする道具でもあるのです。

いまは小学生が通学することがなく、不要になった時計とはいえ、壊れた時計を見るたびに悲しい気持ちになります。
それは、たんに壊れた時計をそのまま(動かなくなった針を取り除きましたが)にしておくという
 だらしない感じ
を受ける以上に、
 時というものに対しての無頓着さがあるのではないか・・・
という感じを受けます。

時計は、
  時刻を知る以上に意味のある記号ではないか、    
                      そんな思いがしています。

つまり、壊れた時計を見ていると、
 壊れた時計をそのままにしておくということは、
   過去のこと、歴史や文化を大切にしたり、
   現在の置かれている状況をきちんと把握し、
   これから先の未来をどのように切り開いていくかを考える
        といったことをしないのではないかと私には思えてくるのです。

壊れた時計が動き出し、
きちんと時を刻むようになったとき、
人々の意識も変わってくるかもしれません。

2015年10月2日金曜日

由(よ)らしむべし知(し)らしむべからず

江戸時代でもあるまいに

「由()らしむべし知()らしむべからず」とは、デジタル大辞泉の解説によれば、

《「論語」泰伯から》人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい。
転じて、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない。

という意味だそうです。

私が現職であったころ、情報公開制度が整備され、情報開示に向けた文書ファイルづくりなどが行われました。
いまでは、国や自治体などは、一定の条件、制約のもとに情報を管理し、可能な限り情報を公開することになっていますし、住民などから情報の開示請求があれば、それに対応しなければなりません。
情報公開制度が整備されてきたのは、私が現職であったときですので、それほどむかしのことではありません。
簡単にいえば、江戸から明治、大正、昭和と続いてきた時代の大部分において、住民に情報が公開されることもなく、国や自治体が情報を独占していたことになります。

また、情報公開とともにNPOなどの非営利団体活動をはじめ、住民参加型の活動が増えてきました。
国や自治体の行政による執行力の限界が露呈してきたこともありましたが、住民が積極的にかかわりをもとうとする意欲もあって、さまざまな分野で住民活動が活発になりました。

私が先月末まで参加させていただいていたジオパーク活動にしても、住民の自主的な活動が根底にあって、これらの活動を支える行政とがうまくリンクしなければ、まったく機能していかないばかりか、ジオパーク活動そのものを衰退させていってしまうことになります。
2015.10.1 ブログ記事の一部
行政の職員にしてみれば、面倒くさいことかもしれませんが、住民活動をうまくリードして、よりよい効果をあげていくことが求められているのです。

私が現職であったとき、ある住民活動を助長するため、いろいろ支援を講じていた段階のとき、
係員: 資料をつくってあげたり、会場設定、その前の日程調整、当日の運営など、面倒くさいことばかりだ。
    この程度のこと、何人かの職員がやれば、もっと効率よくできるのに。
とぼやいた係員がいました。
そのときの私: たしかに面倒くさいことなのだけれど、いまはよちよち歩きの赤ちゃんと同じ。
        独り立ちするまでは、うまく面倒みてあげて、いい子に育ててみないか。
と話したことがあります。

いちばん大事なことは、行政が手を出しすぎてもだめであり、かといって行政が手を出さず、放っておけば赤ちゃんが育たないのと同じで、団体も育ちません。
子どもの場合、ある程度の段階まで育ってきたら、いっしょに考えながら作業をして、ひとつ一つの段取りやルールなどを覚えていってもらって、よりよい子に育てていきますが、団体も子育てと同じなのです。

つまり、行政は団体をリードして、いつまでも行政からの補助金に頼ることなく、自主的な収入を確保しつつ、自力で歩めるようにしていくことも大切なことです。

そのためには、必要な範囲において、十分に団体の意見を聴き、ともにがんばっているという気持ち、そして必要な情報などを団体と共有しなければなりません。

日本ジオパークの再認定審査関係資料にしても、行政だけで作成するのではなく、住民活動に携わっている代表の意見をよく聴き、その意見のなかによいものがあれば、それを採用して、よりよい資料づくり(資料だけが立派でもだめで、実態が伴わなくては。←これは、当然のこと)をすべきなのです。

いまの時代、行政だけでつくった資料をもとにして、それで住民活動を巻き込み、より効果的な活動をめざそうと考えても、それはまったく無理な話なのです。
きのうのブログ記事の一部ですが、おかげさまで多くの皆さんに閲覧していただきました。
短い時間のなかで、私のブログ記事に250件以上もの閲覧があったことは、このことにジオパーク関係者などが大きな関心を持たれていたからかもしれないと私は思っています。

江戸時代でもあるまいに、ジオパークの活動に限らず、うまく住民活動を使いこなす技量がない行政では、これから先がどうなるかは見えているといってよいでしょう。

これから先、どうなることが見えているか・・・ですか?

それは、このブログ記事を読まれた方のご想像どおりでよろしいと思います。

2015年10月1日木曜日

なぜ、10月1日からブログのタイトルを変更したのか?

なぜ、フェースブックの
「日本ジオパーク下仁田応援団」の
グループを削除したのか?

2015.9.30(水)の夕刻をもって、フェースブック(以下「FB」といいます)の「日本ジオパーク下仁田応援団」のグループを削除しました。

ある方から
 なぜ、FBのグループを削除したのか?
と問われ、最初は言葉を濁していたのですが、
 みんなに呼びかけておいて、ほんとうのことを話さないとすれば、勝手に削除したという非難を浴びるよ
と言われたため、きちんと経緯を話しておこうと決心したしだいです。
グループのメンバーが136人となり、いろいろな情報発信で盛り上がったグループであったと私は思っています。
私が神戸真さんの画像をグループでシェアしたところ、多くの方々の関心を引き起こし、いろいろなコメントが投稿されました。
これなどは、ジオパークに直接的な関係がないテーマかもしれませんが、デルビス号は下仁田の歴史を語るとき、欠かすことができないものとして、多くの方々が関心を有していたことのあかしといえるでしょう。
私自身、グループの皆様がいろいろ発信し、とても楽しいグループになってきたと喜んでいたときでの削除であり、いまはとても悲しい気持ちでいっぱいです。
日本ジオパーク下仁田の場合、今年が4年に1度の再認定審査の年ということもあって、昨年末に「日本ジオパーク下仁田応援団」が発足し、団長の里見先生のもと、さまざまな活動を行ってきて、それらをFBやブログで発信してきたところですが・・・

     2015.9.22(火)
          驚くべき事態が進行していたことがわかりました。

ジオパークを担当する産業観光課観光振興係から「ジオパーク下仁田協議会」の委員(それもネット環境を有していて、メールが送れる委員のみ)に対して、2015年9月末日までの事前提出書類「現況報告」の案を送信し、その案に対する意見照会を行ったのですが、応援団長に対する意見照会は行われませんでした。

このことを知った応援団役員のひとりは、直ちに観光振興係の職員に対して、
 応援団長へも意見照会をしたらどうか?
と提案したのですが、その週の金曜日(9/25)の夕刻まで待っても応援団長への意見照会がありませんでした。

「ジオパーク下仁田協議会」の構成員のなかには、意見を照会するのに適任の方もおられますが、いかんせんジオパークの活動に対する活動実績はどうかといえば、疑問符のつくメンバーもおり、また年に1回の会合を持つ程度の協議会のメンバーに意見を聞いて、いろいろな活動を展開してきている応援団長に意見を聞かないとは、どういうことなのだろうかと私は大いに疑問に感じました。

それでも応援団役員のひとりが、直ちに観光振興係の職員に対して、
 応援団長へも意見照会をしたらどうか?
と提案したとお聞きしましたので、遅くても金曜日(9/25)の夕刻までには、
 申し訳なかった。応援団長への意見照会が遅れてしまって・・・
という言葉があって、意見照会文が届けば、この件はそれで終わったと思います。

ところが、先述したように、なにも反応がないまま、9/25(金)が過ぎ、いまだに町行政からは、この件に関して、一切の反応がありません。

つまり、応援団としては、現況報告作成に対しての意見照会の対象にならないという〝無視〟に続いて、 
 応援団長へも意見照会をしたらどうか?
との提案への〝無反応〟という二重の屈辱が町行政から与えられたことになります。

また、応援団役員のひとりに送信された町行政が作成した現況報告案を読みましたが、基本的なスタンスがしっかりしていないうえ、事実誤認をはじめとして、不適切な経過把握などがあり、正確に現況を表現したものとは思えないものでした。

大事な日本ジオパークの再認定審査が11月初めに行われるという時期にあって、この下仁田町行政の対応には驚きを禁じ得ないのでありますが、いまの大事な時期において、このようなことが行われたということは、町行政の応援団活動に対する否定ととらえてよいのではないか、と私には思え、これからも下仁田町のジオパーク活動を、積極的に応援しようという気力がまったく失せてしまいました。

このような経緯があって、もはやFBやブログで下仁田のこと、ジオパークのことを発信しようという気力がなくなってしまった・・・、というのがFBのグループ削除であり、ブログのタイトル変更です。

私は、これからも下仁田町のジオパーク活動を、積極的に応援しようという気力がまったく失せてしまいましたので、2015.9.30(水)の夕刻をもって、応援団の役員(委員兼書記)を辞めさせていただきました。
応援団グループの皆様には、ほんとうにありがとうございました。

 グループ削除の最後の画面です。

これからは、FBでの私のタイムラインとブログ
      ひとりごと~気の向くままに~
              で皆様とお付き合いを続けていただければ幸いです。

どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

2015年9月30日水曜日

上信電鉄-「聞き込みローカル線気まぐれ下車の旅(BSジャパン)」

2015.9.28()放送 聞き込み7~10まで

きのうのブログ記事(↓)で紹介しましたが、きょうは聞き込み7~10までを紹介いたします。

上信電鉄-群馬県   2015.9.28()放送  
  「聞き込みローカル線気まぐれ下車の旅(BSジャパン)」  聞き込み15まで
http://geogunma.blogspot.jp/2015/09/blog-post_29.html

聞き込み6は省略させていただき、上州新屋(にいや)駅下車の聞き込み7からです。
 姥子堂は、国道254号沿いの甘楽町金井にあります。
 こまつやは、姥子堂近くの国道254号沿いにあり、おいしいお菓子の店として、たいへん有名です。
上信電鉄の車内風景も紹介されました。
画面左のおふたりは、富岡市南蛇井にお住まいで、このおふたりからの聞き込みで、山川さんと赤井さんが南蛇井駅で下車して、お昼ご飯を食べに行きます。
山川さんと赤井さんがお昼ご飯を食べたのは、 国道254号添いの富岡市神成の二萬石です。
お昼ご飯を食べたあと、南蛇井駅から乗車して、下仁田駅に向かい、下仁田駅前のれすとらんヒロで、聞き込みをしました。
 れすとらんヒロのご主人に「彫り物がすごい神社がある」と聞いて、山川さんと赤井さんが向かったのは・・・
下仁田町の諏訪神社でした。
群馬の上信電鉄沿線を歴史遺産の宝庫
 として、すばらしい歴史遺産の紹介をはじめ、おいしい食べ物、沿線住民の笑顔も紹介していただき、たいへんよい番組であったと思います。

これからもこういった番組によって、上信電鉄沿線のよさがアピールされ、多くの皆さんに出かけていただけるようになれば、たいへんうれしいことです。

どうぞ、この秋は、上信電鉄で楽しい旅をしてみませんか。


      【お知らせ】
これまでは、ブログのタイトルを「日本ジオパーク下仁田応援団員のひとりごと」として、皆様に応援団活動のようすを含め、下仁田町のことなども紹介してまいりましたが、
明日の10月1日からは、 「ひとりごと~気の向くままに~」とタイトルを変更して、
私の趣味などを中心にして、さまざまなことを紹介していきたいと考えています。
どうぞ、これからもつたない私のブログではありますが、ご覧になっていただければ幸いです。
今後もよろしくお願い申し上げます。

2015年9月29日火曜日

上信電鉄-群馬県

   2015.9.28(月)放送  
   「聞き込みローカル線気まぐれ下車の旅(BSジャパン)」  
            聞き込み1~5まで

9月初めに撮影があったと聞き、放送を楽しみにしていた上信電鉄と沿線の紹介番組が放送されました。
画像は、テレビで放送された画面です。
きょうのブログでは、聞き込み1~5までを紹介し、あすのブログで6から10を紹介したいと思っています。
上信電鉄の紹介です。
以前に紹介したブログ記事です。
高崎駅から下仁田駅まで33.7kmで、21の駅があります。
私は、上信電鉄のファンですが、この駅名は、「佐野の渡し駅」と漢字表記にしたほうがよいと思っています。
番組のなかで、出演された方が
 佐野の私じゃなくて渡し?
と述べていましたが、佐野の舟橋、渡しがあったことを考えるとき、漢字にしたとしても難しい漢字ではありませんので、やはり「佐野の渡し」がよいと思っています。
ご存知の方が多いと思いますが、佐野の舟橋の歌を。
   上毛野佐野の舟橋取り放し親はさくれど吾はさかるがへ
                                                        [万葉3439] 
 歴史遺産だけでなく、絶品しょうが漬も紹介されました。
先にこのブログ記事(↓)で紹介した上野三碑も紹介されました。 
http://geogunma.blogspot.jp/2015/09/blog-post_26.html
山川豊さんがかぶっているものは、いったいなんだと思いますか。
たいへん珍しいものではないかと・・・
実は、これは剣術稽古用の防具なのです。
昔から伝わっている馬庭念流の道場では、いまの剣道で用いられている防具ではなく、ご覧いただいたような防具を使用しています。
稽古も竹刀でなく、木刀を使い、刀が使えないときは、相手を投げ飛ばしてもよいという実践的な剣術が特徴だともいわれています。
いまの竹刀とか防具による剣道は、長い間に改良されて、今日の姿に変わってきたものですが、昔ながらのスタイルを守り通している馬庭念流は、ほんとうにすばらしいものだと思います。

この秋、上信電鉄で
西上州の旅を楽しんでみませんか。