2014年6月14日土曜日

フェイスブック-うれしかったこと

きのうは うれしかったことが
    ふたつ ありました

きのうのブログ

http://geogunma.blogspot.jp/2014/06/blog-post_13.html
上信電鉄-下仁田駅  下仁田駅が上毛新聞に掲載されました

  で、下仁田駅の画像(↓)
撮影:2012.3.22
を掲載したところ、FB仲間のY,Kさん(下仁田町にお住い)から、

 下仁田駅前のれすとらんヒロの若主人から、青いビニールシートをかぶっている自販機が撤去されたと聞いたので、
 その画像を・・・

 ということで、Y,KさんがFBに投稿されたのが下の画像です。
うれしかったことのひとつめは、私が投稿したFBの記事を読んでいただいているうえ、レトロな下仁田駅前にある〝不似合いなもの〟について、違和感を感じられていた方がいらしたことです。

この2枚の画像を見比べていただきますと、上の画像より下の画像のほうが、たいへんすっきりした感じになっています。
うれしかったことのふたつめは、その自販機が駅の入り口から移動(撤去された?)したことです。
撮影:2012.3.22
下仁田駅の出入り口ですが、やはり青いシートをかぶった自販機は、この駅前では〝不似合いなもの〟であったといえるでしょう。

下仁田町にかぎりませんが、古いまちなみを残すところで、

 ここにこんなものを置いていて・・・
   実にもったいないな
 
  という場面に出会うことがありますが、
 
 ちょっとした気配り - その場所に置いてある〝不似合いなもの〟 を動かすとか、 
 ごみを片付けるとか・・・ -

  を第一歩として、美しいまちなみ-景観-をつくることができると、私は思っています。

きのうは、景観に関心を寄せていただいている方から、とてもよい情報をいただき、たいへんうれしい一日になりました。

Y,Kさん、たいへんありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

以前に撮影した画像を掲載して、最新の姿を紹介しないブログ記事になってしまったことを、たいへん申し訳なく思っております。
このブログをご覧いただいている皆様には、ご容赦をいただき、これからもご覧いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

さて・・・
 レトロな下仁田駅の紹介を続けさせていただくことにします。
撮影:2012.3.22
この画像は、駅舎の西になります。

以前、このブログ

http://geogunma.blogspot.jp/2013/06/blog-post_21.html
上信電鉄 あらふね号

 で、旧国鉄時代には、国鉄の車両が下仁田駅まで運行されていたことを紹介させていただきました。
撮影:2004.9.9
このような看板まで立てて、主に首都圏からのハイカーを迎え入れていた時代がありました。
撮影:2012.3.22
若いとき、この改札口を通って、荒船山に登った、という思い出のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
撮影:2012.4.22
下仁田駅のホーム手前のポイントです。
撮影:2012.4.22
懐かしい画像のついでに、999号の画像を掲載しておきます。
下仁田駅を出発して、高崎駅に向かうところです。

下仁田にお越しいただいた記念、思い出として、
レトロな下仁田駅を背景にした写真撮影もよいと思います。

安全・快適な上信電鉄で、
ジオパークの町・下仁田に
お出かけください。

2014年6月13日金曜日

上信電鉄-下仁田駅

下仁田駅が上毛新聞に掲載されました

夕暮れの下仁田駅の写真とともに、下仁田駅と下仁田町の説明が要を得て簡潔に述べられ、たいへんすばらしい紹介をしていただきました。
とくにジオパークにふれていただいているところが、私としてはたいへんうれしいものがあります。
「富岡に劣らない豊かな歴史と自然に満ちている」という部分については、
        「富岡以上に豊かな歴史と自然に満ちている」というのがよいのではないか・・・と。
                                             (これは、私のひとり言)
下仁田駅舎です。
関東の駅百選に選ばれている駅舎で、とてもおもむきのある建物です。

下仁田に駅がつくられた経緯については、
  
  http://geogunma.blogspot.jp/2013/07/blog-post_4.html
     上信電鉄 初めて列車が走ったころトンネルがふたつあった!?

  で述べたとおりですが、明治期の下仁田の人々の熱意で、鉄道が下仁田まで敷設されました。

下仁田町にとって、上信電鉄の駅があるということは、まさに大きな宝であり、その宝を残してくれた先人には、感謝してもしきれないほどだと私は思っています。
いまは、高崎駅から下仁田駅まで、従来の車両とともに、7000形も運行されていて、より快適に、そして安全に旅をすることができるようになりました。
下仁田駅に向かう7000形(カラーリング前)の
車内から撮影した動画をご覧ください。

いかがだったでしょうか。
また、上毛新聞の連載では、私が乗り降りさせていただいている南蛇井駅も登場しています。
南蛇井駅の駅舎です。
こちらも下仁田駅と同様に、歴史を感じさせる建物になっています。
これは、富岡駅ですが・・・
どこに駅があるか、おわかりになるでしょうか。

この駅舎でも、そのうちになじんでくるのかもしれませんが、

  http://geogunma.blogspot.jp/2014/02/blog-post_4.html
    上信電鉄-上州富岡駅  新駅完成式&新車両出発式

   いまのところ、私には奇異な構造物としか思えません。

新しい富岡駅をはじめ、昔からの下仁田駅など、いろいろな駅舎を見るのも楽しい旅になるのではないかと思います。

南蛇井駅に近づきますと、
 
  つぎは、なんじゃい、なんじゃい
     なんじゃいに到着です

 という車内アナウンスがありますので、その楽しい音(おん)の響きもお楽しみください。

2014年6月12日木曜日

初夏の奥栗山

現地観察会が実施されます!
 皆さまのご参加をお待ちしております!!

奥栗山渓谷は、清流と美しい縞状チャートの谷で、いまの時期は青葉がいっぱいです。
すでに、

  http://shimogeo.exblog.jp/20780323/
    下仁田町自然史館日記

  でお伝えしてありますが、
    
     6月22日(日)に現地観察会が実施されます。
チャートの谷には、いくつもの滝があり、きれいな水が勢いよく流れ落ちています。
美しいチャートと清流、青葉がいっぱいの奥栗山渓谷です。
迫力ある滝を動画でお楽しみください。
いかがだったでしょうか。
奥栗山渓谷の滝の迫力を感じていただけたでしょうか。
滝を上のほうから撮った画像です。

この撮影ポイントは、高いところが苦手な方は、すこし足がふるえてしまう・・・そんな感じがしますが、足元に気をつけて遊歩道を歩いていただければ、まったく心配なく、奥栗山渓谷の散策をお楽しみいただけますので、どうぞご安心を。

現地観察会では、研究者による説明もありますので、さらに楽しいものになります。
下仁田自然学校の細矢尚先生が説明をされているところです。

こちらの写真は、いったいなんだと思いますか。
実は、これは・・・

 世界遺産になるとの話題で、いま、たいへん有名な富岡製糸場を建設する際、
  ここで石灰岩を焼いて、建設資材に使用していたという、
    その遺跡なのだそうです。

奥栗山渓谷には、自然の見どころいっぱい、歴史を語る遺跡もあります。

たいへん楽しい現地観察会です。
 どうぞご参加ください。
  皆さまのご参加をお待ちしております!!!
※ ここで使用した画像は、以前に実施された現地観察会(2011.6.4)のものです。

2014年6月11日水曜日

富岡製糸場と絹産業遺産群-富岡製糸場

間違った情報があるのでは・・・・・?


最近、新聞の記事を読んだり、テレビの特集番組などを視聴していて、

 ① 富岡製糸場は、鏑川があって、そこから製糸に必要な水を引いて、創立時から操業していた。

 ② 所有者である片倉工業が、建物などを適切に維持管理をしてきたため、いまにしっかりと建物が保存されている。

といったことを読んだり、耳にすることがあります。

どこからこのような情報を得て、記事を書かれたり、テレビ番組を制作されているのだろうかと、私は、はなはだ心もとない感じがしています。

まず、

 ① 富岡製糸場は、鏑川があって、そこから製糸に必要な水を引いて、創立時から操業していた。

  ですが、「富岡製糸場誌」には、つぎのとおり記述されています。

水利は不便であるが七日市から引いている用水の三分の一も使用すればことたりること
 と述べられ、さらには、
 万一、この用水が使用できないときは、堀井戸で間に合わせる
とも述べていて、
 鏑川の水を引く、ということは述べられていません。

そもそも当時の技術水準などを考えてみても、高台にある富岡製糸場に低いところを流れている鏑川の水を汲み上げる、あるいは引き込むといったことができるはずがありませんでした。

ちなみに、鏑川の水が富岡の台地を流れ、田畑を潤すようになったのは、終戦後も終戦後、ごく最近のことであり、いま、甘楽多野用水土地改良区が管理している用水施設が完成したあと、ということになります。

「富岡製糸場誌」は、1977(昭和52)年に発行されたもので、いまでは図書館等で閲覧できるぐらいになっていますが、こうした本を読まれたうえで、新聞記事を書かれたり、テレビ番組を制作していただければ、間違ったことを伝えることもないと思われますので、ぜひ史料などを読み込んでいただいたうえで、新聞記事を書いていただき、またテレビ番組を制作していただきたいものです。
2014.6.10 上毛新聞
「富岡製糸場誌」がデジタル復刻されれば、より便利に文献、史料閲覧等ができるようになりますので、間違った記事等がなくなるという効果も期待できるかもしれません。

つぎの

 ② 所有者である片倉工業が、建物などを適切に維持管理をしてきたため、いまにしっかりと建物が保存されている。
 
 ですが、まずは、つぎの画像をご覧ください。




これらの写真は、「旧富岡製糸場建造物群調査報告書」に掲載されているものです。
富岡工場の操業停止後において、片倉工業は、建物などの維持・保全について、精一杯のことをされたと思うのですが、私が申し上げたいことは、木造家屋を維持、保全することが、いかに難しいことであるかということなのです。

多くの人々が、現実の建物の傷みぐあいについて、もっときちんと把握したうえで、これからの維持・保全について、正しい認識を持つようにすべきではないでしょうか。

ところで、「旧富岡製糸場建造物群調査報告書」には、

 ① 富岡製糸場は、鏑川があって、そこから製糸に必要な水を引いて、創立時から操業していた。
 
 に関連して、つぎのように述べられています。
ところが、別のところには、つぎのように述べられていて、ここだけを読んだ方々は、
  やはり鏑川があったからだったのか!!
  と納得されてしまうことでしょう。
製糸に必要な用水の確保が容易で、かつ豊富であった、ということは、
「富岡製糸場誌」からも明らかなとおり真実ではありませんし、
官営の時代から片倉工業の時代に至るまで、
水の確保に悩まされながら操業してきたというのが、
  真実の姿なのです。

文献での記述はもちろんのこと、いわゆる風評とか世間話というものに関して、
  これは、ほんとうなのかな?
  と思う気持ちを持つことは、いつでも必要なことではないかと、そんなことを考えるこのごろです。

2014年6月8日日曜日

自然災害への対応-こまめに情報収集を!

まずは、それぞれが自らの命を守るために

梅雨がない北海道を除いて、日本全体が梅雨に入りました。
これからは、台風などによる大雨、洪水、土砂崩れなどの自然災害の発生が心配になります。
撮影:2007.9.8 下仁田町・鏑川
毎年、全国各地で、自然災害によって、命を落としたり、家や田畑が流失する大きな被害が発生しています。
撮影:2007.9.9 下仁田町・青岩公園
以前、このブログで、南牧村や下仁田町が大きな被害を受けた
  http://geogunma.blogspot.jp/2013/07/blog-post_31.html
    自然災害 台風9号
を紹介し、自然災害への備えを提案させていただきましたが、

今回のブログでは、

  まずは、それぞれが自らの命を守るために、
           こまめに情報収集を!
                                
                                を提案させていただきます。

  情報の収集には・・・

 まずは、河川の水位と雨量の情報収集には、群馬県水位雨量情報が最適です。
http://www.uryou-gunma.jp/html/index.htm
群馬県水位雨量情報

いま、どこで雷が発生しているか、どこで雨量が多くなったか・・・を知りたいときは、東京電力の雨量 雷 観測情報が最適です。
http://thunder.tepco.co.jp/
雨量 雷 観測情報 東京電力

道路の状況を知りたいときは、ライブカメラ映像が最適です。
http://www.kendoseibi.pref.gunma.jp/douro/camera_map.html
GUNMA CAMERA MAP

http://www.ktr.mlit.go.jp/takasaki/useful/livecam11.htm
ライブカメラ映像 高崎河川国道事務所

撮影:2007.9.9 下仁田町・平原
また、ラジオなどで気象情報、交通情報もこまめにチェックして、
 雨量による道路の通行規制の有無などの情報も収集して、
  まずは、私たちひとりひとりが家族と自らの命を守ったうえで、
   集落やご近所の方々と力を合わせて、自然災害に対応したいものだと思います。

※ ここで紹介した情報の収集先は、私が住んでいる地域をもとにしていますが、
    全国の都道府県等でも同様の情報提供が行われていますので、
      お住いの都道府県庁のHPなどにアクセスして、
        必要な情報を得るようにしてください。

2014年6月4日水曜日

上毛新聞-2014.6.1(日)

観光企画の専門家採用 下仁田町

たいへん心強い方が下仁田町にお越しいただくことになったとのこと、とてもうれしく思っています。

シーズ総合政策研究所(島根県)のHP
   http://www.csri.jp/
 には、つぎのとおり紹介されています。

松本 秀信   matsumoto hidenobu

専門分野
観光事業プロデュース プロモーション
オルタナティブ系ツアーコンテンツ製作(特に森林セラピー、ロングトレイル)
公的企業経営支援 
担当した業務
下仁田町観光振興ビジョン策定業務(群馬県下仁田町)
山陰海岸ジオパーク研修業務(鳥取県)
美又温泉活性化調査(島根県浜田市)
出身地
神奈川県
趣味
登山 世界の辺境巡り
一言
仕事や国際貢献活動で世界の辺境を訪ね歩き、島根県に着地しました。よろしくお願いします。
私は知りませんでしたが、松本さんの担当した業務のなかに、下仁田町観光振興ビジョン策定業務があることは、以前にも下仁田町と関わりがあったということで、ますます心強い方という思いがします。

また、松本さんは、山陰海岸ジオパークを推進した経験もあるとかで、これも下仁田のジオパーク活動推進に関心を寄せるひとりとして、とても大きな期待をしています。
 ※ 「山陰海岸ジオパーク(同県)を推進・・・」とある上毛新聞の記事は、
シーズ総合政策研究所(島根県)のHPによるスタッフ紹介内容とは、
すこし相違があり、ニュアンスも微妙に違っているように感じますが・・・

下仁田町は、日本ジオパークに認定されているほか、
下仁田町役場の屋上から根なし山を観察
富岡製糸場と絹産業遺産群の構成資産のひとつ、荒船風穴もあります。
荒船風穴は、ジオパーク下仁田の見どころ、ジオサイトのひとつでもあります。

※ ジオパークと世界遺産に関しては、↓のブログ記事をご覧ください。
   http://geogunma.blogspot.jp/2014/05/blog-post_20.html
     地形模型制作の記事が上毛新聞に掲載されました。

下仁田町のまちなかには、諏訪神社をはじめ、
昭和レトロなまちなみには、
むかしの賑わいを感じさせるビリヤード場も残されています。
下仁田町のお宝といえば、なんといっても上信電鉄。

    《上信電鉄等の関連記事》
下仁田ジオ-こんな見どころも・・・ 旧上野鉄道鬼ヶ沢鉄橋
繭と生糸は日本一 下仁田社
上信電鉄 あらふね号
ジオサイト-荒船山 珍しい看板
上信電鉄 117周年記念事業
上信電鉄-999 「思い出の999」
上信電鉄-秋の朝 〝地域の足〟として、117年
上信電鉄 初めて列車が走ったころトンネルがふたつあった!?
2013.12.3-運行開始 上信電鉄 新型車両(7000)  運行開始!!!
上信電鉄 7000形に乗って、下仁田に出かけませんか? 
上信電鉄 クリスマストレイン   2013.12.22() 重連のデキが牽

ジオパーク下仁田のラッピング電車も〝ジオ鉄〟として、貴重な観光資源のひとつ。

下仁田町には、ここで紹介しきれないほど、いいものがたくさんあります。

   http://geogunma.blogspot.jp/2013/10/blog-post_19.html
    下仁田ジオパーク-ジオ関連グッズ 
      ジオパークの下仁田をもっと楽しんでいただくために

     下仁田町の多くの方々は、
     たくさんいいものがあることに気づいていないのではないか、
      とそんな感じがしてなりません。

   シーズ総合政策研究所の松本さんには、
    下仁田町のいいところを見つけ出していただいて、
    下仁田町にふさわしい観光企画をたてていただきたい
      と思っております。 

2014年6月1日日曜日

蔵粋車ミーティング2014

有田屋(群馬県安中市)
旧車・名車が勢ぞろい!!!

きょう(2014.6.1)、有田屋に懐かしい名車・旧車が勢揃いをしました。
私のお気に入りは、なんといっても少年時代に〝愛車〟であったミゼットです。
私がこどものときは、この荷台に桑の枝を乗せたり、さまざまなものを運び、大活躍していたものでした。
ミゼットの隣りのオート三輪は、農協にあって、農家に肥料などを運ぶために使われていました。

日本が1964年のオリンピックを迎えるころ、ミゼットやオート三輪があちこちをぶいぶい走っていたのですね。

そして、蔵粋車ミーティング2014のもうひとつのお楽しみといえば、企画展「Ferrari木製モデラー・山田健二の世界」です。
有田屋さんのフェイスブックには、

全て木片を重ね合わせたものを徐々に削りボディワークの造形を整え、またエンジンの細かなパーツまで全て木製で制作し、まるで実車を組み上げるように作り上げられた至極の作品の数々には思わず目を見張り、時にため息が出るほどの美しさを感じることが出来るでしょう。

  と紹介されていますが、ひと目見て、これが木製と思う方はいないでしょう。

作者の山田健二さんです。
たいへん多くの方々が訪れ、精巧なできばえに感じ入っていました。

   今年の7月17日から7月23日まで、高崎シティギャラリー
      http://www.takasaki-bs.jp/gallery/moyoosi.html
           で山田健二さんの作品展が開催されます。
        どうぞ、お出かけになって、すばらしい作品をご覧になってください。

これは、「どこでも赤電話」です。

ミゼットを所有されている方のコレクションのひとつとかで、ここでは電話線につながれていませんが、自宅の電話線につなげば、いまでも通話が可能だとのことです。

ただし、10円を投入しないと通じないとか・・・

自動車ばかりでなく、いろいろなものを収集している方がいて、たいへん楽しい時間を過ごさせていただきました。

※ 有田屋さんの前に置いて、とてもいい雰囲気なので、
関係者の方に電話をしているふりをしていただいたものです。

そして、有田屋さんといえば・・・
このUNIMOGです。

走っているところを目撃された方も多いと思いますが、10年ぐらい前、新島短大の駐車場にいたとき、このUNIMOGがドコドコッと入ってきたときは、たいへん驚いてしまいました。
こちらのUNIMOGは、長野県松本市の方が乗って来られたものです。
実に迫力があります。
運転席に座らせていただきましたが、たいへん見晴らしがよく、気持ちよいものでした。
この日は、先着200名様かぎりということでしたが、運よく記念品(ミニカー)をいただくことができました。

この日の私のおやつです。
しょうゆソフト&しょうゆさぶれぃ

有田屋さんをはじめ、貴重な自動車に快く乗せていただいたり、貴重な作品の写真撮影を許可していただいた各位に心から感謝を申し上げます。